空色のすりガラス製ドアを押してスナックジュンへ入るとテーブルの真ん中にピンクのバラがたくさん活けてあったのでジョーは一瞬身構えた。
「あら、ジョー。こんな時間にめずらしいわね」
ジュンがカウンターの中から声をかけてきた。
「珍しく豪勢な飾りつけだな。何かのパーティーか?」
ジョーは腕組みをしたままカウンターにちょっとだけ寄りかかると上目づかいに
ぐるりと店内を見回した
「そうなの。誕生日パーティーの予約が入ったのよ」
アイスピックで氷を割りながらジュンが答える
「ふん、こんなところでパーティーとは物好きなやつもいたもんだ」
長くしなやかな指先を割れた顎にあてるとジョーは小さくつぶやいた。
「なぁに?なんか言った?ジョー」
ジュンが詰め寄る
「いや、なんでもねぇ。そ、そうだ。甚平は?」
眉間にしわを寄せ無理に怖い顔を作るジョー。
「買い出しに行ってるわ。もうすぐ戻るころよ。パーティーの主役さんももうすぐ見えるころだし。なんだ、甚平に用事なの?」
「あぁ、まあな」
ジョーがズボンのポケットに両手を突っ込むと長身の身体を左右にひねるようにしてあいまいな答えをしたときに、肩でドアを押して甚平が戻ってきた。
両手にスーパーのビニール袋をいくつも下げている
「よう、甚平!」
甚平はジョーをスルーすると
「おねぇちゃん、外にきれいな女の人が立ってるよ」と小声でジュンに伝えた。
「あら、大変。もうみえていたんだわ。ジョー、今日は貸切なの。またね」
「はぁ?」
ジョーはジュンの冷たい言葉に押し出されるように今さっき開けた入り口のドアに手を掛けた。
その時、そのドアは向こう側から押された。
「あ」
「あ」
ジョーと今日の主役の女性の目が合った。
「いらっしゃい、ピピナナさんでしたわね」
ジュンがとびっきりの笑顔を向ける。
「はい」
「ジョー」
ジュンはジョーに出て行くようにとアゴを突き出して首を振った。
「はいはい、退散しますよ」
「ピピナナさん、お誕生日おめでとう♪」
ジョーはできる限り怖くないように笑顔を作り、よく響くその声を今日の主役さんへかけるとスナックジュンを後にしたのだった
(おわり)

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