「トック・・?南部博士、なんですかそれは?」
南部博士の別荘にできたばかりのミーティングルームへ呼ばれた健がさっそく質問した。ジョーはその隣りでいつもの腕組みをしている。
「これから君たちが科学忍者隊として訓練をしていくことはわかってもらえたと思うが、普段は普通の市民として生活してもらうことになる」
「それもわかっています、博士。健の質問に答えて下さい」
ジョーは身体を斜めにゆすった。
博士はそんなジョーを無視するかのようにテーブルの上に置いてあったスイッチを入れた。すると中からOHPがせり上がってきた。
「見たまえ。これはユートランドという街が建設されているところだ」
正面のスクリーンに工事現場が映し出された。
「実はここは裏からこっそりとISOが管理することになっている。が、表向きはヒッピーの若者が多く集まる特別地区となるのだ」
「へ、特別地区・・略して特区か」
ジョーが顎に手を当ててニヤリとする。
「で、博士。なぜヒッピーなんですか」
健が映像をまっすぐ見つめながら再び質問した。
「ヒッピーは自由に生きる若者たちだ。ヒッピーならば昼間から仕事もしないで街をぶらついていても誰からも怪しまれない」
博士はそう答えながらOHPのコマを進めた。すると今度は長髪でTシャツ姿の青年たちが現れた。
「これが代表的なヒッピーたちだ。君たちも
普通の市民の時はこのような服装になってもらう」
「髪も伸ばすんですか?」
二人は同時にそう言ってお互いの顔を見合わせた。
博士は軽くうなずいて続けた。
「これからはヒッピーの中に紛れてユートランドで暮らすのだ。だから君たちにもそれらしい格好をしてもらう」
博士は再びスイッチに手を伸ばした。OHPが下がっていくと何事もなかったように普通のテーブルに戻った。
「ところで・・健」
そう言って博士はテーブルの向こうにある椅子に座り直した。
「ジュンに『甚平と一緒に暮せるお店を持ちたい』という希望は承諾したと伝えてくれたまえ。未成年なので開業場所はもちろん特区の中だが」
「わかりました、博士。ジュンのやつ喜ぶでしょう。甚平も」
健の青い瞳も輝いた。
「君は・・」
博士が言いたいことは健にはわかっていた。
「いいんです。俺は親父の飛行場さえ守れれば」
「そうか・・それでは今日の用件はおしまいだ。下がっていいぞ」
その言葉にジョーが反応した。
「え、博士。おしまいなんですか!?」
「ジョー。君のF1レーサーになりたいという希望は承っている」
博士は神経質なほどきちんとテーブルの下に椅子を並べ入れている。
「なんだよ、『これから科学忍者隊として厳しい訓練をしていかなければならない代わりに任務がない時に何かやりたいことはないか。希望があったらいいなさい』といったのはそっちだろ?」
ジョーはテーブルを平手でパシッとたたくと博士を指さした。
「ジョー、やめろ。博士に向かって・・」
健がジョーの肩に手をやる。
ジョーはその手を払いのけた。
「おめぇだって目の前で親父が殺されればわかるぜ。この悔しさがよ」
「二人ともやめたまえ。ジョーも本当はわかっているはずだ。F1レースに出場するには・・」
説明しようとする博士の言葉を遮ったのはジョーだった。その顔には皮肉な笑みが浮かんでいた。
「わかってるって、博士。ちょっと言ってみただけさ。俺も竜みたいに『腹いっぱい食って海の近くでの~んびりとハンモックなんかで寝られれば』それでもいいさ」
ジョーの言葉を聞きながら博士はテーブルの下からビニールに包まれた何かの模型を出した。
「まだ用地の買収が済んでいないのでこれは仮のものなのだが」
そう言いながら博士がビニールを剥がすとサーキット場のミニチュアが出てきた。
「場所的には特区のはずれに建設を予定している。きちんと出来上がってからジョー、君には見てもらいたかったのだが・・」
「・・は、博士・・おれ・・あ・・」
ジョーは博士の顔とミニチュアを交互に見るが言葉が出ない。
「任務があるから実際のF1レース出場は難しいが、ここでいくつかレースを開催しようと考えている。その時は思い切り活躍してくれたまえ。ISOにはそれとは気づかれないようにしてプライベート・チームを組むように頼んである」
「ジョー、よかったな。これから頑張って髪を伸ばそうぜ」
健のジョーへの言葉はちょっとだけ的外れなような気もするが、二人の髪がヒッピーのように伸びたころにはプライベートレーサーとしてサーキットを飛ばすジョーの姿が見られることだろう。
(おわり)

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