南部は爆風で吹き飛ばされた小さな男の子を胸に抱きかかえて病院へと急いでいた。
だが走ることは避けた。その振動でさらに彼の身体に与えるダメージが大きくなりそうだったからだ。
そう、まさに瀕死の状態だったのだ。
その子の顔は鮮血で真っ赤に染まり、どんな顔をしているのかさえよくわからない。
頭をやられているようだった。
南部自身の上着やネクタイ、そしてすでにシャツまでその子の血で染まったいる。
膝から下は上半身に比べてダメージが少ないようだが、予断を許さない状況だ。
「もしかしたら助からないかもしれない。」
ふとよぎるそんな思いを南部は何度か首をふって振り払おうとした。
「ここはどこ?」
ジョージは一人で知らない野原の真ん中にいた。
見たこともない美しい花が一面に咲いている。
聴いたことはないが何か懐かしい感じがする音楽がどこからともなく流れてくる。
「誰か、誰かいないの?」
するとどこからともなく声がした。
「ジョージ・アサクラ君だね。」
「誰?どこにいるの?」
あたりを見回すとサッと上空から光がさした。
「私はガブリエル。大天使の・・。知っているだろう?」
ジョージはまぶしくて目の上に手をかざすと声がする光の方を見ようとした。
「知っているよ。教会のステンドグラスにいる人でしょう?」
「そうだよ、ジョージ。今日は君に聞きたいことがあって来たのだ。」
「どんなこと?」
「君は随分といたずらっ子だったね。」
ジョージはドキッとして一歩下がった。思い当たることがいくつかある。
天使さまが罰を与えに来たのだと思ったのだ。
だが、天使の言葉は意外なものだった。
「君はさっき爆弾に吹き飛ばされて死んだのだ。」
「なんだって~~!」
ジョージは心底驚いた。
「じゃあ、こ、こ、ここは…?」
「そう。天国の入り口だ。」
「…ボク…死んじゃったんだ…」
「そうだ。…だが、いまから私の言うことを聞いて正義の道を歩むというのなら10年だけ寿命を延ばしてやろう。」
「セイギ?!」
ジョージは言葉の意味が良くわからなかったが、天使の言う通りにすれば死なずに済むのかしらと考えた。
「約束します。天使さま。」
「よろしい。では君の命を助けてくれるナンブコウザブロウという博士の言うことをよく聞いて、仲間とともに正義のために戦うのだよ。」
「ナンブ?コーザブロー??」
光が一層強くジョージを照らした。
そして天使の声も大きく響いた。
「地球はいまかつてない危機に
瀕している。このままでは世界中の生きとし生けるものみな全てが死に絶えてこの世の終わりが来てしまう。ジョージ、君は神様に選ばれたのだ。地球をこの危機から救う男としてね。」
天使の使う言葉は難しくてよくわからない部分もあったが、これからナンブという人の言うことを聞けばいいということだなとジョージは思った。
それがどんなことなのかよくわからなかったが、いま死ぬのはいやだ。もう少し生きたい。
昨日アランのパチンコを壊したのはボクだ。自分よりも遠くへ石を飛ばしたのがくやしかったんだ。
生き返ってアランに謝らなくちゃ。
ジョージはその場にひざまずいてお祈りの格好をすると天使に答えた。
「命を懸けて…いえ、命に替えても地球を守ります。だから天使さま、ボクを地上に
還してください。」
「よろしい・・」
「もう一度やってみよう、それでだめなら・・。」
南部は何度目かの電気ショックを小さな男の子の胸に与えようとしていた。
「ドットーレ・ナンブ…!」
その時、心電図のモニターを見つめていた看護師が声をあげた。
そこには小さいが確実に命のリズムを刻む波形が現れていた。
「助かったのか…奇跡としか言いようがない。」
南部は前髪の乱れも気にせずフッと息をつくと男の子が横たわるベッドのわきに両手をついた。
「きっと神の思し召しです。」
ずっとそばに付き添っていた神父はそうつぶやくと胸の前で十字を切った。
Fin

PR