南部博士は別荘のとある一室のドアの前にいた。
長年使っていなかったその部屋の整理をする決心をしたのだ。
あれからもう何年になるのだろう。そう、忍者隊としての訓練が本格的に始まった頃だったか、彼はこの部屋を出て一人暮らしをしたいと言い出した。
健が父親の遺した飛行場へと引っ越したことも影響したのだろうか?ある日突然、庭で育てていた草花もそのままにして彼はこの部屋を出ていったのだ。
その後、レース仲間から安く譲ってもらったというトレーラーハウスを住処にしたと事務的な口調で報告を受けた。
この部屋から独り立ちしていく決心が鈍ると思ったのだろうか、いつにも増してぶっきらぼうな物言いだったのを覚えている。
あの日、BC島から病院へ直行して退院してからはこの部屋が自分の家だと言って育ってきた。
そういえば、学校へは行きたくないと言うのでISOの職員を家庭教師がわりにしてこの国の言葉を習得したのもこの部屋だった。
ここは彼の教室でもあったわけだ・・
部屋のドアを開けると自動車用オイルの匂いがしたように感じたのは気のせいか?
カーテンを開けると柔らかい春の日差しが部屋いっぱいに差し込んだ。
そのとき古い衣類や机があるだけのガランとして殺風景なその部屋の壁に博士は奇妙な落書きを見つけた。
「え、り、・・(点々)、め、の、れ、アルファ、づ、イー、いち?」
何かの暗号だろうか?
「いや、これは・・!」
博士はそのたどたどしい「文字」を指でなぞった。
それはもう帰っては来ないあの子が書いたものに違いなかった。
「ジョー、こんなところに自分のコードネームを書く奴がいるか・・下手くそで間違いもある・・」
博士はそう言いながらもう一度あの子が遺していった幼い文字の名前を慈しむようにそっと撫でると胸にこみ上げてくる熱いものを抑えることができずにひとり嗚咽を漏らすのだった。
(おしまい)

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