「モクテキチニツキマシタ」
ナビの機械的な声に右の口角をちょっとだけ動かしてジョーは愛車のエンジンを切った。
ドアをバタンと閉めたのが合図だったように
「浅倉さんですね。南部博士に連絡をいただいてお待ちしていました」
”ユートランド盲導犬訓練所”と書かれた看板が掛かっているフェンスの向こうから長い髪をポニーテールにまとめた細身の女性とハーネスを付けたワンコがジョーを出迎えた。
「よう、ジャッキー。元気してたか?またでかくなったな」
ジョーが膝をついてジャッキーの顔と頭をぐりぐりっと撫でまわすとジャッキーも尻尾をちぎれんばかりに振って久しぶりの再会を喜んでいるようだった。
「浅倉さんとジャッキーは昔からの知り合いなんですってね」
「あぁ、そりゃもう」
話しを続けようとしたジョーはハッとして言葉を飲みこんだ。そして女性の顔を見上げた。
なんだ、ジュンと大して変わらない若い女の子じゃないか。南部博士から聞いていた人とは違うな。
この歳でもう盲導犬の訓練士をしているんだろうか。
「君は?」
ジョーは立ち上がるとジャッキーの茶色い毛が付いた緑色のドライヴィンググローブを手から外してズボンの後ろポケットにねじ込んだ。
「私はジェーン。ここの研修生なの。よろしく」
ジョーは差し出された白くて華奢な手を握った。
「ジェーンか。いい名前だな。俺のことはジョーって呼んでくれ」
「わかったわ、ジョー」
ほほ笑みを返すジェーンにジャッキーが低くうなった。
「あら、どうしたの?ジャッキー」
その言葉が終わらないうちにサイレンが鳴った。
「あら、ジャッキーは食事の時間ね。ジョー、またいつでも寄ってね」
ジェーンはジャッキーに引っ張られるようにフェンスの向こうへ消えていった。
「あぁ、また来るよ」
ジェーンの背中にそう返事をするとジョーは愛車に乗りこんだ。
それからというものジョーは任務の合間を縫ってジャッキーに会いに行った。
「俺が助けた子犬だからな」
ジョーは口癖のようにそう言っていたが会うのを楽しみにしている相手はジャッキーだけではないということを自分でも気づいていた。
ところがある日のこと、いつものようにジョーが訓練所の入り口に来てもジャッキーの出迎えがなかった。
訊けばジェーンと一緒に遠くの街まで実地訓練に出掛けたとのことだった。
「ジャッキーはブルマン国のチュール市というところへ行きましたよ。ちょうど盲導犬を亡くしたご老人がいましてね。次の候補にジャッキーはどうかとテストに行ったんです」
何も言わずに帰ろうとしたジョーに駐車場まで追いかけてきた職員がそう声をかけてくれた。
ジョーはその彼に礼を言うとタイヤを鳴らして方向転換すると来た道を引き返した。
「ブルマン国はさすがに遠い。変身して行ったとしても半日はかかる。途中でスクランブルがかかったら『また』遅刻だ」
一度はトレーラーに戻りベッドに寝転んだジョーだったが、やおら起き上がるとスナックジュンへと向かった。
「やっぱりちょっと行ってみるか。その前に腹ごしらえをしねぇとな」
スナックジュンでは甚平が一人カウンター席の端っこに座ってテレビを見ていた。
客は一人もいない。
「いつもながら
湿気た店だな」
ジョーはさっさとカウンターの中に入り冷蔵庫を開けた。
「どこも不景気だからねー。何か食べるのかい?」
甚平はテレビの画面を見つめたままだ。
「冷や飯があれば『ライスコロッケ』でも作ろうかなと・・お、ハムとチーズもあるな。これで立派なアランチーニができるぜ」
甚平はそんなジョーを無視するようにテレビのチャンネルを変えると声を上げた。
「へーっ、そんなこともあるのかねー!」
「どうした?甚平!」
ジョーもテレビを見ようと首をひねったがカウンター側では無理だ。
「盲導犬が人を襲って逃げたんだって。世も末だね」
「なに!?場所はどこだ」
カウンターを飛び越したジョーは鋭い眼を小さなブラウン管に向けた。
もうすでに食事のことは頭から消えている。
画面には盲導犬に襲われたという老人の顔写真が映っていた。
『モーグラン伯爵。82歳(男性)』と出ている。
「場所は?場所はどこだよ!」
ジョーは怖い顔で画面に話しかけている。
その隣りで甚平はあきれ顔だ。
「そのテレビは訊いても返事しないよ、ジョーの兄貴。ゴッドフェニックスのモニターに映った博士じゃないんだからさ」
しかしジョーの声が聞こえたかのように画面が切り替わると警察官らしき人物が出てきてレポーターのインタビューに答え始めた。
そして残念ながら伯爵がなくなったことを伝え、盲導犬訓練士の女性も重症でブルマン国始まって以来の戒厳令をチュール市に出したとメモを読み上げた。
一緒に画面を見つめていた甚平が
「ブルマン国かー。遠いね」と言って振り返った時には
すでにジョーの姿はスナックジュンから消えていた。
「ここだな」
街に入る手前で変身を解き普段着に戻ったジョーは病院の玄関前で愛機を停めた。
一度だけその建物を見上げるとすたすたと何食わぬ顔で病院の中に入っていったジョーは驚いた。
医者や看護師、職員らしき人までが慌ただしくロビーや廊下を行き交い、誰かを探しているようなのだ。
ぽっちゃりとした中年の看護師が目を剥いて一段と大きな声を出していたので、そっと何があったのか尋ねてみると動けないはずの重傷患者がいなくなったという。
まさかとは思ったがその患者の名前を聞いてジョーは愕然とした。
「ミス・ジェーン・ハドソン。伯爵を殺した盲導犬の訓練士だった女性よ」
ジョーは踵を返すと病院を出てG-2号機に乗りこんだ。
フッとため息をつくと、ハンドルを握ったまま独り言のようにつぶやいた。
「どうして病室を抜け出したりしたんだい?ジェーン・・」
ジェーンは後部座席に横たわっていた。
「ジャッキーを捜さなくちゃと思って外に出て隠れていたら、ジョーの車が見えたの」
そう力無く答えるジェーンをバックミラーで見ながら
「すぐに病院へ戻るんだな、ジェーン。その身体じゃまだ動くのは無理だ。ジャッキーは俺が探し出す。必ずな!」
ジョーはきつい目を前に向けるときっぱりと言い切った。
車の前を先ほどの看護師が通りかかったのでパッシングをして合図をすると中を覗きこんだ彼女はビックリして病院の中へ走りこんでいった。
間もなくストレッチャーが到着して点滴と酸素吸入を装着されたもののぐったりとしたジェーンは病室へと戻っていった。
もう少しだけジェーンに事情を訊きたいと思いジョーも病室へ付き添って行ったが、深い眠りについている彼女の寝顔を見てそれはまだしばらく無理だろうということがわかった。
「ジェーンをこんな風に傷つけたのは本当にジャッキーなんだろうか?伯爵をかみ殺した理由は?」
直感でここまで来たジョーだったが、この先のことは疑問だらけだ。そしてとにかくジャッキーを探し出すことが先決だと考えてジェーンの病室を出ると再びG-2号機に乗りこんだ。
「バード、ゴー!」
人目につかないよう気を付けてジョーはG-2号機とともにバードスタイルに変身した。
夜になり戒厳令が出ているせいもあって街に人影はまばらだったが、こっそりと警察無線の周波数を合わせるとやはり必死になってジャッキーの行方を追っているようだった。
『……伯爵の家に…ご家族が……』
「そうか!ジャッキーめ、伯爵だけでなく一家を狙っているのか・・だがなぜ?」
また新たな疑問がわいたがそれは置いておき、とにかく伯爵邸に向かうジョーだった。
(つづく)

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