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ストレイカー司令官はカウチで眠る

10年の眠りから覚めた少女が宇宙人にその運命を翻弄されて悲惨な最期を迎えた日の午後、ストレイカーは重く沈んだ気持ちでシャドー本部へと戻って行った。

すると、ミス・イーランドに面会人がいることを伝えられた。
「東洋人の若い女の子ですよ。今日の朝10時に来るように言われたとかで、ずっとお待ちになっています。」
「ふむ、女性の雑誌記者の取材は、断ることに決めていたのだが…?」
ミス・イーランドは、タイプを打つ手を止めて、ストレイカーの顔をじっと見つめて言った。
「専務ではなく、司令官に面会です。でも、彼女は紛れもない民間人ですわよ。」

そこまで聞いたストレイカーは、はっと気がついた。

「ミス・イーランド、フォスターとフリーマンを呼んでくれたまえ。彼女を司令部へ案内する。」
そういうと、オフィスへと入っていった。

オフィスにはスカイブルーのミニワンピースに白いブーツ姿のスレンダーな女の子が額に入ったポスターを見ていた。

「待たせてしまったね。えっと、マ・リ・フ…ギ・ウヮ・ラ…?」とミス・イーランドに渡されたメモを見ながら、名前を読むストレイカーに微笑みながら振り向いた女性は、「マリ・ハギワラです。マギーと呼んでください。」と言って白くて小さな手をさしだした。
その手を握ったストレイカーにマギーはさらに続けた。
「はじめまして。お会いできて嬉しいです。コンピューターのリカバリーにまいりました。」と、きちんとした英語で挨拶をしたのだった。

そう、シャドーのコンピューターは少し前から不具合を起こすことが多くなってきていた。10年も使っていては古くなるわけだ。
その時々でシャドーのコンピューター技師たちによって何とかその場をしのいできたが、いよいよ飽和状態となってきたのだ。
これをなんとかしようと専門の知識を持った優秀な人材を探していたところ、彼女の名前がリストにあがってきたのだった。

まもなく、フォスターとフリーマンがオフィスに入ってきた。
「エド、ポールから聞いたぞ。あのお嬢さんは大変なことになってしまったらしいな。」
人間の命をもコントロールできる宇宙人の存在を一瞬ではあるが忘れていたストレイカーは、それには答えずに
「アレック、新しいコンピューター技師を紹介しよう、ミス・マギーだ。」

「はじめまして。マリ・ハギワラです。マギーと呼んでください。えーと…。」
「アレック・フリーマン大佐に、ポール・フォスター大佐。」
「で、新しいコンピューター技師は?この子の父親かい?」とアレックはわざとオーストラリアの訛りで訊ねた。
「いや、彼女がそうだ。」
「どう見たって高校生じゃないか?」
そういいながら二人はやや儀礼的にマギーと握手した。

「さてマギー、これから少し驚いてもらうよ。」
ストレイカーはそういうと入り口のドアを閉め、デスクの上のシガレットケースを開いた。
「おい、エド!」
「司令官、まさか?!…彼女を!?」

ストレイカーはあわてる2人の前にそのシガレットケースを近づけた。
『フリーマン大佐及びフォスター大佐の声と認めます』

すると突然マギーの足元ががくんとゆれた。いや、自分だけではない。なんとこの部屋全体が動き出したではないか?!
窓の外を見たマギーは自分の目を疑った。まるでエレベーターのように景色が上へ昇っていく。いやこの部屋にいる自分が部屋ごと地下へ降りていくのだ。

マギーは思わずストレイカーの腕にしがみついてしまった。
すぐに振り払われると思ったが意外にもストレイカーは彼女の手をそっと握っていた。
「さあ、仕事場に着いたよ、お嬢さん。」と開いた本部への入り口をその手で指し示したのだった。

本部の中でもマギーは隊員たちの好奇の目にさらされた。司令官はいつものクールな表情のままマギーを彼のオフィスへ案内した。そのあとをフォスターとフリーマンが続いた。
するとそこにはヘンダーソン長官とドクター・ジャクソンが待ち受けていた。

そして、司令官が改めてマギーを紹介すると長官はマユを大げさに上げ下げしながら、
「ところで中国人のお嬢ちゃん、英語はわかるのかね?」
と、皮肉たっぷりに最初の質問をした。

ずっと不安そうな顔をしていたマギーだったが、長官の言葉に
「ヘンダーソン長官の英語と同じくらいですわ。中国と日本の違いは聞き取れますから。」と切り返して見せた。

これは隣りで聞いていたドクター・ジャクソンに大いに受けたらしく、彼にしては珍しく声を出して笑った。
「一本取られましたな、長官。」
だが、ヘンダーソンは面白くない。
苦虫を噛み潰したような顔で
「ストレイカー!私は民間人、それもこんな子供をシャドーに入れるのは今でも反対だ!君が全ての責任を取ると断言したのでしぶしぶ賛成してやったのを忘れないでほしいものだ。」

ストレイカーも負けてはいなかった。
「長官。長官のヒアリングもどんなものでしょうかな?彼女は27歳。立派の大人の女性です。17歳じゃなくてね。」
さらに彼は続けた。
「この様子では、先日の定例会議での私の説明は耳に入っていなかったと見えますな。長官。もう一度言いますから、よく聞いてください。ポールとアレックにはまだ彼女の詳細を説明していなかったな。ちょうどいい機会だ。聞きたまえ。」

「ミス・マギー、27歳。独身。日本人。1980年度世界コンピューター技能コンテストにおいて最優秀賞受賞、つまり総合第一位を獲得した。まさにコン ピューターの申し子です。そこで、最近頻繁に不具合をおこすようになったシャドーのコンピューターをリフレッシュしてもらおうと招聘を決めました。」

「ふん、民間人の分際で。」
「エド、続けて。」ヘンダーソン長官が文句を言おうとしたのをフリーマン大佐がさえぎった。がぜん興味を持ったようだった。

だが、長官が
「もういいわい。コンピューターの素人には何を言われてもわからんからな。」
と言葉を吐き捨てるのを待っていたかのようにストレイカーは
「それでは具体例をお見せしましょう。」
といってヴィデオフォンのスイッチを押すと
「フォード大尉、アイーシャ、例のコンピューターを運んできてくれたまえ。」
と注文した。

まもなく同じ型のコンピューターが2台運ばれてきた。
「フォード大尉、彼女に工具を。」
マギーに工具を渡して戻ろうとしたフォード大尉をストレイカーが留めた。

「さて、この2つのコンピューターは1970年にシャドーに導入され、1978年までに2回ほどシャドーのコンピューター技師、カインド少尉によって修理 されている。今から、このコンピューターの性能、つまり仕事量を見てみることにする。何をさせればいいと思うかね?ポール?」

フォスターは首を横に振った。
「ドクター・ジャクソン?」
「えー、すなわち、たとえば、まったく同じデーターの分析を同時にさせればいいのではないかと。」
「うむ。さすがはジャクソン。で、具体的には?」
「………。」
「では、ミス・マギー。」
「あ、はい。円周率の計算はどうでしょう?」

「エンシュウリツとは??」
「あ、ごめんなさい。π(パイ)です。」
「よろしい。ではデータを入れてみよう。そして同時に答えさせる。いいかね。それでは、アレック。ポール。二人同時にこのボタンを押してくれたまえ。ワン、ツースリー!」

二台のコンピューターは同時に動き出し、3.14・・・と順調に数字を吐き出した。
ストレイカーは腕時計を顔の前にかざすと
「もうすぐ一分だ。もう一度このボタンを押して止めてくれたまえ。いいね。スリー、ツー、ワン。ストップ!」

二台のコンピューターがはじき出したデータテープはぴたりと同じ長さで、つまり同じ桁数をはじき出してとまった。」

「よろしい。では、マギー。右のコンピューターをヤッテくれないかね?」
そういうとストレイカーはマギーに「工具箱」を差し出した。
「は、はい。」
工具箱を受け取ろうとしたマギーに司令官は続けた。
「何分かかるかね?」
お互いに工具箱の端をもったまま綱引きのようになってしまった。
「7分。」
「6分でやってみたまえ。」
「は、はい。」
マギーは自らストップ・ウォッチのスイッチを押すと作業に取り掛かった。

最後の小さなネジをも丁寧にすばやくきちんと締め終わるとマギーは再びストップ・ウォッチを止めた。
時間を確認すると自分では時間を言わずにそれをストレイカーの目前に差し出した。
「5分57秒93。よろしい。」
ストレイカーはそのストップ・ウォッチを自分のポケットにしまうと
「ではもう一度、同時に計算させてみよう。」

結果は一目瞭然だった。
3倍、いや4倍近い桁数を『マギーのコンピューター』は弾き出したのだ。

「簡単に言えば、この速さでUFOを把捉できるようになるわけです。」
ストレイカーは大きな目をさらに大きくしてヘンダーソン長官を見た。

だが、口を開いたのはフリーマン大佐だった。
「これでシャドーのコンピューターはリフレッシュとバージョンアップを信じられない速さで行うことができるようになったわけだが、さて、エド。
彼女は民間人だ。なんの軍事的訓練も受けていない。もし、彼女が宇宙人のスパイに捕らえられて拷問を受けるようなことがあったら、シャドーは壊滅だぞ。」

フリーマンのオーストラリア訛りの言葉を聞いていた司令官だったが、それには答えずに、工具を工具箱に丁寧にしまっているマギーに声をかけた。

「今夜はどこに泊まるのかね?」
「チェリー・ホテルです。」
「やっぱり!」
ストレイカーより先にフリーマンがため息混じりに言った。
マギーが続けた。
「何日滞在するのかわからなかったので、ロンドンで一番安いホテルにしたのですが…。」

その言葉が終わるか終わらないうちに、ストレイカーはネジ回しを拾い上げると手の先でくるりと回し
「これから、マギーと私はチェリー・ホテルへ行ってくる。アレック、きみはどうするね?」
と、不敵な笑みを浮かべた。
「エド、もちろん行くとも。決まってるじゃないか。」
フリーマン大佐はこぶしで空中をヒットしながら
「久しぶりに腕がなるよ。ここ(本部)はポールに任せるとしよう。行こう、あの産業スパイ事件以来だな。」
と、いたずら小僧のような顔で笑った。

2台のガルウイングが夕暮れのロンドンを疾走して行った。

チェリーホテルの玄関には裸電球が1つ点いているだけだった。
ストレイカーに促されてマギーは一人でホテルに入っていった。

「おや、201号室のおじょうちゃん。おかえり。ディナーは3階のレストランへ行ってね。」

その言葉が終わるか終わらないうちにストレイカーがつかつかとフロントへ近づくと
「すまないね。このお嬢さんは私とディナーをとることになってね。今すぐチェックアウトをお願いするよ。」
そういって、201号室のカギをすばやく男の手から奪いとった。

「さあ、このお嬢さんの荷物をすべてここに持ってきたまえ。」
「へえ、ダンナ。これで全て…」
「全部といったろう?!」
ストレイカーが威圧的な声で言うと、フロントマンはピィーッっと口笛を吹いた。
すると奥から背の高い用心棒と思(おぼ)しき男が現れた。
と、同時にフリーマンもホテルに入ってくるが早いか用心棒に一撃を加えた。

決着はあっという間についた。

「バカなやつだ。おとなしく荷物を出せば今日の宿賃は払ってやろうと思っていたのに。」
あっけにとられているマギーにストレイカーは上着を整えながら尋ねた。
「これで君の荷物は全部かね?」
マギーが小さくうなずくと
「では、帰ろう。」
ストレイカーの言葉にフリーマンが反応した。
「どこへ帰るんだ?」
その問いには、シャドーカーの無線が答えた。
『UFOが接近中。ムーンベースが警戒態勢に入りました。非常事態。』

「帰るところが決まったようだな。」
ストレイカーは、「カギの壊された」スーツケースをマギーに渡しながら言った。
「マギー、君はどうするね?」
「お供いたしますわ、司令官。」
「よろしい。では帰ろうか。」

2台のガルウイングはもと来た道を再び疾走していった。



三人が司令部へ戻ったとき、モニターの画面いっぱいに映ったエリス中尉が2台のUFOがインターセプターによって跡形も無く追撃されたという報告をしていた。

「さあ、帰るとするか。今日は長い一日だったな。ポール。」フリーマン大佐は少し不満そうにフォスター大佐に言った。
「アレック。ボクは今夜は…その…。」
「なんだ?はっきりしないなぁ、ポール。そうか!今日はヴァージニアのところへ行くのか?彼女も今回の眠れる美女の件ではずいぶん苦労したからな。いたわってやれよ。」
白い歯を見せニンマリとしたフリーマン大佐は今度はストレイカーを誘ってきた。
「さて…と。それじゃあエド。今夜は二人でワインか?スコッチか?」
フリーマン大佐がそう司令官に言いかけたとき、ストレイカーは取り戻してきたマギーの旅行かばんを手にしていた。

「ミス・マギーは、私が預かることにした。いいね。マギー。私のところに来たまえ。」

ストレイカーの意外な答えにフリーマンとフォスターは顔を見合わせた。

「フリーマン大佐。明日朝9時からミス・マギーは作業開始だ。夜のうちに準備をしておいてくれたまえ。フォスター大佐。レイク大佐によろしく。明日はゆっくり来てもらって構わないと伝えてくれたまえ。」

そう早口に話した司令官は今度は少しゆっくり目に話しはじめた。

「ミス・マギー。シャドーのことについてひとつひとつ説明している時間が無いので、これから私のそばについていてくれたまえ。追い追い説明することになるだろう。さて、君の好物は何かな?途中で何か食べて帰ることにしよう。」

「ストレイカー、いいのか?」フリーマンはまだ懐疑的だった。
「ああ、アレック。彼女のことについては私が全面的に責任を持つということで国際惑星宇宙局の諮問委員会に承認してもらったのだからね。さ、ミス・マギー、行こうか?」

帰る途中、レストランに立ち寄ると二人は遅いディナーをとった。

そして、ストレイカーは本当に久しぶりに、マギーは初めてエドの家へ帰ったのだった。


次の日の朝、マギーはコーヒーの香りと『誰か』の鼻歌で目が覚めた。

急いで着替えて寝室のドアを開けると司令官がガウン姿でキッチンに立っていた。
「おはよう。ミス・マギー。目玉焼きがたった今、スクランブルエッグに変わったところだ。よかったかな?」
「おはようございます。司令官。」

「そうだ。ミス・マギー、アンダーグラウンド以外では私は司令官でなく専務だ。映画会社のね。…ベーコンはカリカリだよ。私の好みなんでね。」
「はぁ…、はい。」
マギーの頭の中の混乱を打ち破るかのようにトーストが2枚、勢いよくポップアップした。

「とにかく。食べてしまおう。また次に食べられるのはいつになるかわからないからね。」
「はい、専務…。」
マギーは、ストレイカーの『他の家族』について聞こうとしてやめた。
だが、彼にはその声に出さなかった質問が聞こえたようだ。

「私は10年ほど前に一度結婚したが、一方でシャドーの設立を秘密裏に進めなくてはならなくてね。とにかく忙しかったが、その理由を妻にも言うことはでき なかった。家庭を顧みないダメな夫として一年足らずで離婚してしまったよ。…息子が一人いたんだが…。このことはまたあとで話そう。さぁ、食べてしまった ら出かけるよ。」
そういってストレイカーはマギーのカップにもう一杯、コーヒーを注いだ。

シャドー本部へ向かう途中、マギーはシャドーカーの操作と装備についてその全ての説明を受けた。
「以上だ。」
そういって、ストレイカーは道端に車を止めると
「運転手の交代だ。国際免許は持っていたね。」
と、続けた。

「は、はぁ?」
「君のプロフィールは全てインプットされている。さあ、君に私の命を預けよう。」

マギーは運転席に座るとまず座席を思い切り前に引いた。
それからガルウイングのドアを閉めると確かめるようにエンジンをふかした。
車はすべるように走り出し、あっという間に「ハーリントン-ストレイカー 映画会社」の看板をすり抜け、玄関の前にぴたりと止まった。

エドもマギーもそこでフーッっとため息をついて顔を見合わせた。
「グッジョッブ、ミス・マギー。」
そして、その青い瞳でマギーの漆黒の瞳を見つめながら続けた。
「普段の通勤に使う君の車を紹介するから社員駐車場へ来たまえ。」

「君の車ですか?」
「そう。君のマイカーさ。」

ストレイカーはさっさと歩いていってしまうのでマギーはついていくのが精一杯だ。
さきほど、運転席を前にずらした分だけ彼とは「コンパス」が違うのだなあと痛感させられた。

駐車場へ着いたマギーは自分の目を疑った。
日本を発つとき空港においてきたはずの「君のマイカー」がそこにあったのだ。
「ス、ストレイカー専務、これは…?」
「夜の間に輸送機をちょっと寄り道させたんだ。車のカギを返しておこう。ゆうべのホテルの連中、本当に全部の荷物を返してくれて助かったよ。」

映画会社のロビーではフリーマンが二人を迎えた。
「アレック、ごくろう。」ストレイカーのねぎらいの言葉に大佐は
「で、どうだった?ディナーのお味は?」といたずらっぽい笑顔で答えた。

「ああ、帰る途中でレストランに寄ったよ。」
「彼女の味は?スシだったか?それともテンプラ?」
「アレック、夜勤明けだったな。早く帰りたまえ。」ストレイカーは少し迷惑そうに答えた。

「ストレイカー、長い付き合いだ。秘密はなしだぞ。」
「ああ、何もない。」

「わかったよ、エド。今日は帰るとするよ。」と、いって出口に向かいだしたフリーマンがもう一度少し戻ってくると言った。
「ミス・マギー。所属は小道具・衣装管理部だ。」
「えっ?!」

「そうか。わかったよ、アレック。あとで行ってみよう。」
それは表向きのマギーの職場だった。

「普段はこちらの身分証明書を使うことになっている。わかったね。」
ストレイカーから説明を受けると、マギーはオフィスの入り口でミス・イーランドから証明書を受け取った。

ストレイカーに付き従ってオフィスへと入っていくマギーの様子からミス・イーランドは二人の親密度が増しているのを見逃さなかった。

入り口のドアが閉まると、ストレイカーは例のシガレットケースを開かずにマギーに手渡すと言った。
「フリーマンがちゃんと仕事をしたかどうか確かめるときが来たようだ。この箱を開けて何か話してごらん。」

マギーは中味のタバコがこぼれないように気をつけながらフタを開けると「オギワラマリです。」と日本語で言ってみた。

『声紋チェック。ミス・マギーの声と認めます。』味気ないコンピューターの声が響き渡り、ガクンと足元がゆれたが、マギーはもう誰にもつかまることはなかった。

コンピューターがデータをはじき出している音がマギーを迎えた。

ここは地下深く秘密裡につくられた地球防衛組織シャドーの本部だ。

そしてストレイカー司令官のあとに続いてオフィスへ入ったマギーを理知的な美しい女性とフォスター大佐が迎えてくれた。

「ミス・マギー、レイク大佐とは?」
「初めてお目にかかります。レイク大佐。マギーと申します。」

差し出された手をレイク大佐は優しく握ると
「ヴァージニアと呼んで頂戴ね、マギー。」
そう答えた。

「では、ヴァージニア。マギーに例のファイルを。」
ストレイカーがそう促すと、ファイルを出したのはフォスターだった。
「フム、なかなかの連係プレーだ。」
そういうと司令官はそのシャドーのマークが入ったファイルの中味を点検しながら、いった。
「ミス・マギー、これが今日からの君のスケジュールだ。ヴァージニアが作成した。この通りなら2週間ということだが、10日でできるね?」
「10日ですって?」
声を上げたのはレイク大佐だった。

しかし、次に冷静なマギーの声がした。
「大丈夫です。一週間で。」

「な、なんですって?!」
マギーの『手際』を見ていないレイク大佐は信じられないといった様子だった。
そして、またなにか一言いおうとしたとき、コンピューター衛星シドの声がシャドー本部に響き渡った。
『UFOを発見。距離一千万キロ。グリーン…。』

それから4日間。

ストレイカーは一度も自宅へは戻らなかった。

マギーは毎日最初に決めたスケジュールどおりに仕事をこなしていた。
夜、家へ戻ると主(あるじ)のベッドで休み、朝はマイカーで出勤した。

5日目の朝、マギーはいつものようにベッドルームからリビングに出てくるとはっとした。

リビングのソファに主(あるじ)が服のまま眠っていたのだ。

微動だにせずぐっすりと眠るストレイカーの横顔を見つめながらこのままここで寝かせておこうか、ベッドが空いたことを伝えようかマギーは悩んでいた。

すると司令官のまぶたがわずかに動きブルーの瞳があいた。

「ミス・マギー。作業はどの位先に進んでいるかね?…そのスケジュールと比べて…。」
「えっ?」
ストレイカーは起き上がると上着を脱いでソファの背もたれにかけるともう一度聞いた。
「予定よりどの位“はかどっているか”ということだ。」
「ざっと3時間半です。」
「よろしい。では今日は1時間半ほど遅刻をしていくことになってもいいね。」
言い方は優しかったが、これは司令官としての命令に他ならなかった。

「来たまえ。君に見せたいものがある。」
「あ、でも私…。」
「大丈夫。パジャマにガウンで充分だ。」
そういうとストレイカーは寝室へと入っていった。

「さ、これだ。」
そういうとストレイカーは一番奥のクロゼットを開けた。

するとそこには古めかしいコンピューターが一台おいてあった。

「こ、これは68年製のタンブラー70EXですね。」
マギーは反射的にその名を口にした。
「そう。よくわかったね。さすがはコンピューターの女王だ。私が月に関する分析をしていた頃使っていた。あの頃はこれが最新型だった。」

マギーの漆黒の瞳がきらりと光った。
「動くんですか?」
「ああ。たぶん君なら。」
「触っても?」
「ご自由に。」

司令官の「ご自由に。」の言葉が終わるか終わらないうちにマギーは慣れた手つきでスイッチを入れるとカタカタと古いコンピューターを動かし始めた。
その様子をストレイカーは慈しむように見つめていた。

「何かデータが入ったままですね。」
「何だろう?」
「覚えていらっしゃらないのですか?」

「ああ。全て消したはずだが…。どれだね?」

「ここです。」
「ん?」
ストレイカーが古いコンピューターに顔を近づけると二人のほほが少し触れた。

「これかね?」
「は、はい…。」

「アウトプットできるかね?」
ストレイカーの青い瞳がぎょろりとマギーをにらんだ。

「やってみますか?」
「いますぐ。」
「いますぐ…。あ。アウトプット用のロール(紙)が切れていますわ。」
「そうか…。ここには置いていなかったな。」
「それでは明日のお楽しみ…ということですね。」

「う…ん…。」
ストレイカーは、がっかりした様子で彼には珍しいことだが未練がましく、スイッチを点けたり消したりした。

「あぁ、それを押したらかえってデータが取り出しにくくなってしまいますわ。えーっと、ここはこうして…。」
あわててコンピューターを制御するマギーの手と顔を交互に見ていたストレイカーは、またわざとヘンなスイッチを押した。

「これでどうかね?」

その子供のような様子を見てマギーはあきれた顔でストレイカーをにらんだ。
「エド。永遠にデータを見ることができなくなっても…。」
「そのときはコンピューターの女王にナントカしてもらうさ。」
そういってまた別のボタンを押した。

小さな古いコンピューターの前で大人が二人、朝早くからスイッチやボタンの押し合いをしているのだ。
だんだんとそれはエスカレートしていったが二人は満面の笑顔だった。

ついにストレイカーが1つのボタンを押したまま手を離さないでいるのでマギーがその手を剥がしにかかるとその手の上にまたストレイカーの手が重なった。そしてマギーがまたその上から手を乗せようとした瞬間、マギーは強い力でストレイカーの方に引き寄せられた。

「あ。」

マギーが小さい声をあげた時、彼女はストレイカーの腕の中に抱きしめられていた。
ちょっと前に感じたストレイカーのほほの感触が、今ははっきりと感じられる。
そしてそれは初めての出来事だったが、何故か懐かしい抱擁だった。

強く抱きしめられて身体が溶けてしまうのではないかと思ったマギーだったが、コンピューターの放つ音に、はっと我に返った。

「私…、そろそろ出かけないと…。」

その言葉にストレイカーは腕の力を少し弱めてマギーの顔をじっと見つめるとこう言った。

「今日は臨時休暇だ。」

「休暇ですって?!」
そう言おうとしたマギーの唇を彼の唇がふさいだ。


少しうとうとしていたマギーはリビングの電話の音で目が覚めた。
時計を見るとすでに夕方近くになっていた。
あれから何度も愛し合い、幾度となく絶頂に達した…。

はっと意識が戻った。
すると隣りで眠っていた人間がベッドからするりと抜け出して、リビングへ出て行った。

マギーもベッドから出ようとしてやめた。
なにも着ていなかったからだ。

電話を終えたストレイカーがやはりマギーと同じ姿でベッドルーム戻ってきた。

「第一防衛網が破られた。司令部へ行くよ。君は休んでいたまえ。」

「いえ。私もあとから行きます。今から行けば明日の朝までに今日の分は片付けられると思いますので。」

マギーの言葉をうなずきながら、そしてスーツを着ながら聞いていたストレイカーはもうすっかりシャドーの司令官に戻っていた。

「では、あとで。」

そう言うとガルウィングのエンジンの音を残して去っていった。

マギーも着替えるとすぐに「マイカー」であとを追った。
走りながら窓を全開にして外の風を入れた。まだ少し身体が火照っていたからだ。

「エドもこうしているかしら?」

地球が危機にさらされているというのに自分はこんなのんきなことを考えていて良いのかしら?と思いながら「ハーリントン-ストレイカー 映画会社」の社員駐車場にマイカーを止めた。

司令部へ降りていくと、さすがに皆な緊張して持ち場についていた。
非常事態を告げるレッドアラームが点いたままだ。
マギーが大遅刻をして来たことなど誰も気づいてはいなかった。

すぐに今日の分の遅れを取り戻しにかかったマギーだったが、コンピューター室の「司令部の重鎮」と呼ばれている一番古いコンピューターの前でもう2時間以上立ち往生していた。
こうなると非常事態は困ったものだ。誰もマギーを手伝うものはいなかった。

「…どうして、あなただけキーワードが違うの?…」

今日はやはりどうやっても予定より遅れる運命だったんだわ。
早いけど家に帰ってもうひとつの宿題を済ませよう。
そう考え直したマギーは、古いコンピューター用のロール紙を引っ張り出してくると、「マイカー」を飛ばして家に戻った。

そして今度は“タンブラー70EX”の前に立つと、僅かに残っていたデータをアウトプットし始めた。


ストレイカー司令官とマギーの初めての愛の営みを全て見ていた寝室の古いコンピューターの中には意外な物が残っていた。
それは10年以上も前にストレイカーが残したであろう「愛のメッセージ」だった。

 “お誕生日おめでとう、メリー。
      来年はミセス・ストレイカーと皆に呼ばれているかな?
                      君のエデイより。

マギーは、「ミセス・ストレイカー」と打たれたデータカードを見て悲しい気持ちが心の底から湧き上がってくるのを抑えることはできなかった。
彼には10年前、確かに愛した人がいたのだ。

もちろん、話は聞いていたが、それを形としてはっきり見せられるとやはり心穏やかではいられなかった。

「エディだって。」
自分が知らなかった昔のストレイカーの愛称が打たれた箇所を指ではじいたマギーは、はっとした。

「本部のコンピューターのキーワード、これかも知れない。」

マギーは、夜のロンドンを突っ走り司令部へ取って返すと「司令部の重鎮」の前にすわった。

「キーワードを入れてください。」

“エディ・ラヴス・メリー”と、インプットしてみた。

カチン!カシャカシャ…。重鎮は見事にパスワードを受け入れ、マギーは仕事をはじめることができた。

だが、マギーは心の奥がズキリと痛むのを感じていた。悲しい気持ちがさざ波のようにそこから体中に広がり嗚咽となってのどからあふれて来そうになるのだ。
ちょっとでもコンピューターを直す手を止めたらきっとこの場に泣き崩れてしまうだろうと思いながら作業を続けていた。

私はおかしい。なぜこんなことで泣いてしまうの?
パスワードは10年以上も前のことじゃない?!
司令官と私が出会うずっと前の話よ。

「誰もこんなことは覚えていないわ。」とマギーは日本語で口に出して言ってみた。

「司令部の重鎮」は古いデータを吐き出し、マギーの的確な処理に素直に答えていた。普段なら鼻歌のひとつも出るスムーズな作業だ。
新しい回路を組み込んですっかりリフレッシュした重鎮は最後にまたマギーに難問を出した。

「新しいパスワードを設定してください。」

再び“エディ・ラヴス・メリー”と入れるべきだろうか?

“マギー・ラヴス・コマンダー・S”と入れたい衝動に駆られながら、
マギーは「空白」と入れて作業を終えた。

マギーが重鎮と呼ばれているシャドー本部で一番古いコンピューターのリフレッシュ作業を終えて、リポートを書き込んでいる時、コンピューター室のドアがノックされた。

「はい。」マギーが返事をするとドクター・ジャクソンとフリーマン大佐が入ってきた。

「作業は順調かね?」
「えぇ、ジャクソン先生。最後のコンピューターで少し遅れてしまいました。」
「そう?…でもおおむね予定通りに進んでいるようだね。」
ドクター・ジャクソンとフリーマン大佐は交互にコンピューターを覗きながらあごに手を当てて言った。
「眠っていないんじゃないのか?マギー。顔色が悪いぞ。」
「あら、顔が黄色いのはデントウですわ。アレック。」
「そりゃ、デントウじゃなくて遺伝だよ、マギー。」
「あっ、失敗失敗。」

三人でしばし笑いあったあとでドクター・ジャクソンが言った。

「明日、全部の作業が終わったら医務室へ来て欲しいのです。」
「私、何か病気かしら?」

「いやいや。先日の血液検査の結果、少し貧血気味と出たのでね。注射を一本打ちたいと思っているのだよ。マギー。」

「あぁ、そうでしたか?わかりました、ドクター。わざわざ有難うございました。」

「終わったら必ずね。」
そういい残すと二人は去っていった。


明日の最終点検作業だけを残してマギーは家に帰った。

相変わらず主(あるじ)のいない部屋はしんと静まり返っていた。
「レコードでもかけようかな。」

『ニニロッソ』と書かれた古そうなLPをかけると、トランペットの音が部屋中に響き渡った。

その中でマギーは最終レポートのタイプを打ち始めた。A面からB面に裏返して少し経ったとき、突然ガルウイングのエンジンの音がして玄関先に車が一台止まったかと思うと、この家の主が帰ってきた。

「おかえりなさい。」
司令官の上着とブリーフケースを受け取ったマギーにただいまのキスをするとストレイカーは言った。
「きょう、ドクター・ジャクソンから何か言われただろう?」

「えぇ。」
「なんて?」
「貧血を治す薬を注射するって…。」

マギーのその言葉を聞いたストレイカーの表情が険しくなった。

「エド…?私、何か…。」
だが、ストレイカーは何も言わずに硬い表情のままマギーを抱きしめるのだった。
「エ…ド…。」

「明日、仕事が終わったらジャクソンのところへ行く前に、まず私のところへ報告に来たまえ。わかったね。」
「はい…。」

「決してジャクソンのところへ先に行ってはいけないよ。」
「はい…。」

その夜のストレイカーはベッドの中でも昨日と少し違っていた。
「君が私を忘れても私は君を忘れない。」
と、繰り返すのだった。

まだ夜が明け切らないうちにストレイカーはヘンダーソン長官のオフィスへ行くと言って部屋を出て行った。
新しい作戦のためにまた莫大な予算を要求することになったと言っていたが、他にも理由がありそうだった。

マギーはいつも通りに一人でシャドー本部へ「通勤」するとコンピューターを一台ずつ丁寧に点検していった。
この中のどれか一台でも不具合を起こせば人類の滅亡に繋がりかねないと思うと身の引き締まる思いがした。

点検作業は順調に進んだが、マギーはまた「シャドーの重鎮」の前でじっと動かなくなってしまった。

このコンピューターの点検を終えると全ての作業が終わる。
その前にストレイカーがシャドーに戻っているかどうか確認しておきたかったのだ。

重鎮の前でマギーが小さなため息をついた時、フォスター大佐がコンピューター室へ入ってきた。
「マギー、ドクター・ジャクソンが捜していたよ。そろそろ作業が全部終わる頃だといってね。」

「えぇ、ポール。あとこれ一台よ。古い型だから手間取ってしまって…。あと、司令官はどこにいらっしゃるか知らない?」
「司令官?彼ならヘンダーソン長官のオフィスだよ。」
「私、司令官に言われたんです。ドクター・ジャクソンのところへ行く前にまず自分のところへ来るようにって。」

「そう…。理由は聞いた?」
マギーは首を横に振った。
「じゃ、長官のところへ行ってみようか。点検は?」
「すぐに終るわ、ポール。」
言うが早いか、マギーは「重鎮」に仮のデータを打ち込むと理想の回答を得て全てを終了した。

「終わり?」
「はい…。」
「古い型で手間取るって言わなかった?」
「ワタシ、エイゴ、マチガエマシタ。」
「そう。」
フォスター大佐はニヤリと笑うと
「さ、司令官の所へ送って行くよ。」
と、ドアボーイのようにドアを開け「おじぎ」をした。

見覚えのあるガルウィングの隣りにフォスターは車を止めた。

彼は車にマギーを残して行くと、長官の秘書に司令官に会いたいと伝えた。
まもなく少し疲れた様子の司令官が会議室から出てきた。

「フォスター、何かね?わざわざ来るとは…。」
「司令官に会いたいという人を連れてきたんですよ。エド。車で待っています。」

ストレイカーが外へ出て行ったのと同時に長官が出てきて言った。
「フォスター、ストレイカーをわざわざ呼び出した理由を言え。」
「ミス・マギーが全ての作業を終えたそうです。」

「ふん。そうか。で、もう彼女の記憶を無くす処置はしたんだろうな。」
「もうすぐジャクソンが注射をするでしょう。」
「まだか?!何を手間取っているんだ?」

「長官、あなたは一時でも愛した人の記憶が失われてしまうとしたらどうしますか?」
「愛した人の記憶だと?ふん。確か君は、月の石を拾ってる民間人の女やら、UFOに兄貴を誘拐された牧場の妹やら…いろいろとあったようだが、今度は誰の記憶が…?ん?ま、まさか…。あの生意気な中国人…?!」
「そうです。」
「ふん!君もまた物好きな…。」
「僕じゃありません。」
「ん?じゃあ誰だ。その物好きは?」
「……。」
フォスターは黙ったままだ。

「おいっ!フォスター!ま、まさかストレイカーが…?!」


フォスター・カーの中でマギーはこれからのことを考えていた。
すると司令官が窓をノックした。

マギーがガルウィングのドアを開けると、すばやく運転席に滑り込んだ。
「マギー、君に話しておきたいことがある。」
ストレイカーはそう切り出した。
だが、意外にもマギーの返事は
「私、忘れませんから。」だった。

「き、聞いたのか?フォスターから。」
「いえ。彼から聞いたのは彼の昔のコイバナですわ。ムーンベースとホットラインを結んだとか。」

「そうか…。」
「エド、昨夜から悩んでいたのは、このことだったのね。」
「あぁ…。」

ストレイカーは車の窓を開けるとタバコを取り出して一息ついた。
「だが、もう策は打ってある。フォスターと司令部へ帰ってドクター・ジャクソンの処置を受けたまえ。」
「えっ?!」
「私を信じてくれるね?」
マギーを見つめるブルーの瞳にうそはなかった。

「わかりました。司令官。」
ストレイカーは車を出ると、後ろを振り向くことなくオフィースへと戻っていった。

入れ替わりにフォスターが出てきて二人はシャドー司令部へと戻っていった。

マギーは医務室の長いすに横になると、ドクター・ジャクソンから左腕に注射を受けた。



マギーは電話の音で目が覚めた。
だが、出る前にそれは切れてしまった。

窓のカーテンは閉められていたが、隙間から陽の光が射していた。

頭がまだぼんやりとしていたが、自分が今いる場所が自宅でないことはわかった。
カーテンを開けると外の景色からここが超高層ビルの上のほうだということがわかった。

『ロイヤル・グランド プリンセス・ホテル?ロンドン』

豪華な装飾を施した鏡台の前においてあるメモパッドにはそう印刷されていた。
「そっか。ここはイギリスのロンドンか。」

シングルルームではあったが、天蓋付きのゴージャスなダブルベッドに高級な調度品が並んでいる豪華な部屋だった。

そうだ、確かコンピューターの不具合の調整とリカバリーを依頼されていたのよねぇ。
「え?っと。」

マギーは、ブリーフケースに入っている書類を抜き出して見た。

「『ハーリントン-ストレイカー 映画会社』か。…エスタブリッシュ1970年。ふっ、10年もたっていたら古くなって当然よね。なになに『ご来社の際は エド・ストレイカー専務に必ず面会してください。』か。どんなジイ様かしら?お金持ちらしいけど。話のわかる人だといいなぁ。」

シャワーを浴びて、支度を整えるとマギーは映画会社へと向かっていった。

(THE END)


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2009年 07月14日 09時52分
1980年。人類はすでに地球防衛組織シャドーを結成していた。そのシャドーに日本人女性のコンピューター技師が招かれた。ストレイカー司令官と彼女はお互いに惹かれあうものを感じるのであった。

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明日、雨が

明日、雨が上がったらお昼ご飯を食べに島を回って避暑地の海岸へ行こうと話をしていたのを思い出した。そしてあの日の朝、マンマがこさえてくれたお弁当とワインをバスケットに詰めたんだ。だけど銃声と薔薇の花が爆発したことで俺の人生は変わってしまった。もう一度、マンマのパニーノが食べたいな。


明日、雨が上がったら島の向こう側にある海岸へみんなでランチを食べに行こうと話をしていたのを思い出した。そしてあの日の朝、マンマがこさえてくれたパニーノとワインをバスケットに詰め込んだ。だが、銃声と薔薇の花が爆発したことで俺の人生は変わってしまった。雨なんか止まなければよかったんだ



があわいこさんの今日のお題は『雨/爆発/島』です。 

2つできました。どっちがいいかなぁ?


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スナフキンの花嫁

夏を迎えたムーミン谷は、晴れわたった空の下、今日もゆっくりと時が流れてゆきます。
いつものように川岸で釣りをしていたスナフキンでしたが、ウキはピクリとも動きません。
「うーんっ」伸びをしてそのまま後ろへ身体を倒すと見えるのは青い空だけ。
帽子を顔の上にかぶせると、しばらくのあいだ風の音を聞いていました。
しばらくして風がやんだので目を開けてみると小さな雲がひとつ浮かんでいました。
「ムーミンだな。あの雲の形は。」そういって起き上がるスナフキン。
「もう少し川上へ行ってみよう」そう小さくつぶやくと、竿を上げ釣り糸をそれに丁寧に巻きつけました。
片方の手で上着のすそを払うと「そんな汚い格好では女の子にもてないわよ。」と言われたことを思い出して、ちょっとだけ首をすくめクスリと一人笑いをしました。
そしてその手でバケツを持つと森の方へと歩き出しました。


 森の中は涼しい風が吹いて気持ちがよく、釣果は無くてもスナフキンはそれだけで満足でした。
大きく深呼吸をしたその時です、ウキが小さく揺れました。
「来たか!?」
竿を上げてみましたが何も掛かってはいませんでした。針が「残念でした」とでもいうようにキラリと光りました。
 しかし次の瞬間スナフキンは川の向こう岸をどこから来たのか小さなボートがゆっくりと流れていくのを見つけました。そして恐ろしいことにそのボートには矢が2本突き刺さっていたのです。
 考えるよりも先に身体が動いていました。腰の辺りまで水につかりながらボートに近寄るとこれ以上流されないように岸につけました。
中を覗いてみるとそこには、亜麻色の長い髪をした女の子がひとりうつぶせになって倒れていました。
お日様の光でその子の髪は金色に鈍く光っています。
(ま、まさか死んでいるんじゃ…)
でもその娘に矢は刺さっていませんでした。
「きみ、しっかりしたまえ。大丈夫かい?」
ボートに乗り込むとスナフキンは彼女を抱き起こしました。
透き通るように真っ白いその顔に血の気はありません。目は閉じられていましたがカールした長いまつげがかすかに動きました。おでこやほほに付いた泥をやさしく拭ってやると、ほんの少しまぶたが開きました。
美しいエメラルド色の瞳がスナフキンのチョコレートブラウンの目を一瞬見つめました。
「ヨク…サ…ル…?」
小さな声でした。しかし、はっきりとヨクサルの名を呼ぶと再び気を失ってしまいました。
「ヨクサルを…僕のパパの名を…なぜ?なぜこの子が知ってるのだろう?」
そのとき、スナフキンは、はっとしました。お日様がもう真上に来ているというのにこの子の身体は氷のように冷たいではありませんか。
「いけない!暖めてやらなくては。そうだ、この近くにクラリッサの家があるはずだ。」
スナフキンは女の子を抱き上げると、ボートからひょいと岸に飛び移り歩きはじめました。
クラリッサの家へ行くまでの間、ヨクサルと女の子の関係をいろいろと考えましたが見当もつきません。

「おーい、アリサー!クラリッサー!いるか?い!」
両手が塞がってるスナフキンは、クラリッサの家の前でドア越しに大声で呼びかけました。
でも家の中はしんと静まり返っています。
「まだシャーロンの洞窟へほうきを取りに行ったままか。」
スナフキンは背中でドアを押してみました。するとドアは簡単に開きました。
「無用心だなあ。ま、この辺には泥棒はいないし、いたとしても金目のものはないしな。」
向き直って中に入ると少しだけ何か薬のようなにおいがしました。前にここでヘビに縛られたことを思い出してぶるっと首を振りました。
「アリサの部屋へ運ぼう。アリサ、部屋を借りるよ。」
そう独り言でつぶやくと女の子を二階の部屋まで運びベッドに寝かせました。
「元気になるかなあ。」
スナフキンはこの子が目を覚ますまでここにいてやろうと思っていました。
「ムーミンのところへ行ってママに何か作ってもらいたいけど、目を覚ました時に一人ぼっちではかわいそうだからな。」
ベッドサイドの椅子に腰掛けると小さな音でそっとやさしくハーモニカを吹いてやりました。

窓から射すお日様の光が少し傾きましたが、かえって日差しは強くなりました。スナフキンは恐る恐る女の子のおでこに手を当ててみました。ほほにうっすらと赤みが差していました。
「よかった。少し空気を入れ替えよう。」
スナフキンが窓を開けると新しい空気が風となって部屋の中に入ってきました。
「んー、いいきもちだ。」もう片方の窓を開けようとしたときです
「こ…こは…ど…こ?」
思わずスナフキンは窓から空を見上げてしまいました。天使が舞い降りてきて自分に話しかけたのかと思ったからです。
「気が付いたんだね。」
そういいながらベッドを覗き込んでスナフキンはハッとしました。
大きく開かれたエメラルド色の瞳に涙が溢れそうになっていたからです。
「ここは天国ですか?わたくしのパパとママはおりますでしょうか?」

女の子のどこか気品のある言葉遣いとその言葉に驚きながらもスナフキンは平静を装って静かに話すのでした。
「残念ながらここは天国じゃないよ。君はまだ生きてるからね。」
出来るだけやさしく言ったつもりでしたが女の子の目から大粒の涙がこぼれました。
「パパもママもみんな死んでしまったわ。殺されたの!」
枕に顔を押し付けるようにして、女の子は激しく泣きじゃくりました。
スナフキンはその言葉に本当に驚きました。そして女の子が乗っていたボートに矢が突き刺さっていたのをまざまざと思い出しました。
「き、君も殺されそうになったんだね。」

スナフキンはこの子に聞きたいことがたくさんありました。でも今はひとつだけにしようと思いました。そして大きく息を吸うとこう言いました。
「ねぇ、君。名前を教えてくれないかい?僕はスナフキン。」
「わたくしは…」
まだ涙声でしたが顔を枕から少し離して手でほおをなで、顔を上げるとエメラルド・グリーンの瞳でスナフキンの顔をじっと見つめ
「わたくしは、シエナレイ・ヌフモンテ・デュール・ユイリンケイリスと申します。クリスタル王国の王女です。」と一気に自己紹介を終えた。
スナフキンがあっけにとられていると目を伏せ
「…いえ、ごめんなさい。クリスタル王国はなくなりました。父も亡くなったのでわたくしは王位を継げませんでした。」と彼女の話は続いた。
「アイリス…と呼んでください。王位継承権がなくなったときの名前です。してそちの名は…あ、ごめんなさい。もう普通の言葉を使いますわね。あなたはスナキンというのですね。ムムリクの一族でヨクサルという人に似てますわ。」
「そう!そのことなんだけど。」
スナフキンが思わず大きな声を出したのでアイリスはびくっとして、ベッドの上に起き上がってしまった。
「ごめんね。怖い目にあってきたのにまた脅かしてしまって。」
「ううん、もう大丈夫ですわ。ありがとう、スナフキン。私を助けてくれて。あなたもムムリクなの?」
「気になるかい?」
マクラを立てて起き上がったアイリスの背当てになるように直しながらスナフキンは訊ねた。
「ありがとう。ええ、気になるわ。だってムムリクのヨクサルはクリスタル王国の救世主で名誉国民だったのよ。」
「へえ、そいつはすごいな。残念だけど僕はムムリクの血筋は半分しか受け継いでないんだ。ママはミムラだからね。でもそのヨクサルというのは僕のパパだよ。君がヨクサルを知ってるってことは君は見かけによらず、長く生きているのかい?」
スナフキンは椅子をちょっとだけベッドに近づけるとちょっとおどけてそう言いました。その時はじめてアイリスの顔に少しだけ微笑が浮かびました。それは朝露にぬれて咲いた深紅のバラのようでした。
「あぁ、やはりそうでしたか。あなたがスヌスムムリクだったのですね。旅の途中だったヨクサルが貧しかったクリスタル王国に来て私の父と母の縁結びをした のです。そして持っていたリンゴとリンゴの種で王国を飢えから救い名誉国民となったのです。もちろん、私が生まれる前の話ですが。」
「ヨクサルはずっとクリスタル王国にいたの?」
スナフキンは自分が知らなかったヨクサルの話を聞きたくて、立ち上がってアイリスにグッと近づこうとしましたが、思い直して椅子の向きを変えると背もたれの上にひじを乗せて、頬杖をつくと「長い話を聞く体制」になりました。

アイリスはじっと前を見据えてこれまでのことを話し始めました。

☆☆.。.:*・゜*:.。.☆☆.。.:*・゜*:.。.☆☆.。.:*・゜*:.。.

その年の夏は、雨ばかり降る寒い日が続いてとうとう作物は育ちませんでした。クリスタル王国のフィスクランテ王は心を痛めていました。
「これでは、秋の収穫祭は出来ないなあ。そこで私の花嫁を選ぶはずであったのに。それどころか飢えて死ぬ国民も出るかもしれないぞ。」
 そんなことを考えていると、どうも外が騒がしい。そこでバルコニーから外を見てみると、三角形の帽子を被った旅人らしき男が一人、城の護衛たちともめているところでした。
「どうした?」
「はっ、この男が突然ここにリンゴの芯を捨てたので…。」
「捨てたんじゃありませんよ。芯ごと種を植えようとしたんです。」
「いい加減なことを言うんじゃない。今年は麦の穂ひとつ実らないひどい凶作なんだぞ。」
「そういう時こそ、このリンゴは良く育つんだ。そういう品種なのさ。」
そんなやり取りを聞いていた王様は、バルコニーから身を乗り出してこういいました。
「その男の好きなようにさせてやりなさい。してそちの名はなんと申すか?」
「えっ、僕はヨクサル。」

こうしてお城の前庭に植えられたヨクサルのリンゴの木はその二日後、一日だけ雨がやんだその日の夜が明けるとバルコニーのはるか上まで成長したのでした。そしてあっという間にたくさんのリンゴの実を実らせ、また雨が降り出す頃にはその全てが収穫できたのです。
こうしてその年の夏は暑くならずにとうとう終わってしまいましたが、秋の収穫祭が来るまでにもう三回、リンゴは実りました。そのどれもが今まで食べたことが無い美味しさでクリスタル王国の国民たちは皆幸せな気持ちでいっぱいでした。

いよいよ収穫祭が始まり、フィスクランテ王のお妃選びのパーティーが始まりました。花嫁候補の娘たちは精一杯のおしゃれをして王様とダンスをするのです。 ダンスが始まる前に王様は集まってきた国民の前でヨクサルを紹介するとその功績をたたえてクリスタル王国の名誉国民としたのでした。
 やがてそのダンスパーティーも終わりに近づき王様のお妃選びが始まりました。高らかにラッパが鳴ると美しく着飾った娘たちが王様の前に並びました。
しかし、フィスクランテは彼女たちの前をつかつかと通り過ぎると会場の隅にある大きな柱の陰に隠れるようにしていたソーフィンナのところへいくと片ひざをついて彼女の手をとると「私の妃になってくれますか?」と、正式のプロポーズをしたのでした。
 見守る国民たちがあっけにとられているとき一人、大きな拍手をしたのがヨクサルでした。
「僕も彼女がいいなと思っていたんだ。」

*:._.:*~*:._.:*~*:._.:*~*:._.:*~*:._.:*~*:._.:*~*

「こうして、パパとママは結ばれ私が生まれたのです。」
「きみもヨクサルに会ったの?」
「いいえ。私が生まれたとき、彼はもうクリスタル王国にはいませんでした。しばらくはリンゴの木の上で何もしないで暮らしていたらしいのですが、また冒険 の旅に出たのです。でも旅立ちの前にパパが国中で一番の絵描きにヨクサルの肖像画を描かせたのです。生まれてくる子にこの国の英雄を見せるためにね。」
「信じられないなあ、父さんがヒーローだなんてさ。」と、スナフキンは少し照れて言いました。
「でもあなたはその肖像画にそっくりですわ。」
そういってスナフキンを見つめるアイリスのエメラルド色の瞳はキラキラと輝いていました。

その時です。窓の外でミィの声がしました。「スナーフキーン!」
「ミィ、ここはクラリッサの家だよ。」とムーミン。
「でもさっきこの辺で確かにスナフキンの声がしたのよ!釣りの道具をほったらかしにしてあったのよ、何か面白いものを見つけたに決まってるわ!スナーフキーン!」

「やぁ!ミィ、ムーミン!」
スナフキンは2階の窓から身を乗り出して声をかけると、
「本当のお姫様を見たくはないかい?」とムーミンにたずねました。
「ほ、本当のお・ひ・め・さ・ま…?!」

「スナフキンったら、もう私は王女ではありませんわ。」
「えーっ!ねえ、どうして王女様やめちゃたのよー。」と、ミィ。
「そうだよ。ぼくだったら絶対やめないよ。」と、ムーミン。
「ちょっとアンタ、男の子が王女になれるわけないでしょ!」

そんなミィとムーミンのやりとりを微笑みながら聞いているアイリスを見てスナフキンはホッとしました。そして悪夢を忘れようとしている彼女を愛(いと)しく思うのでした。

もう夕方です。みんなでムーミン屋敷に帰ることにしました。

「まあまあ、スナフキンがお友達を連れてくるなんて珍しいことがあるものねえ。歓迎しますよ、アイリスさん。」と、ムーミンママは特製のスープを夕食に出してくれました。
「ママったら、アイリスでいいのよ。もう王女様じゃないんだから!」と、ミィ。
「あら…そうなの。」
「その話はまた明日でもいいじゃないですか。」とスナフキン。「じゃ、僕はそろそろ失礼しますよ。ママ、ご馳走様でした。パパ、おやすみなさい。ムーミン、アイリスをたのんだよ。」
ムーミンは大喜びでしたが、ママにアイリスは疲れているようだから今夜はそっと寝かせてあげるようにといわれて、元気になったら一緒に遊ぶ約束をして眠りにつきました。

次の日の朝早くアイリスはムーミンママに教えてもらった湖へ一人で向かいました。ムーミンやミィはまだ夢の中でした。
湖面には朝霧がたちこめていましたが、スナフキンはもう一人で木の根っこのベンチに腰掛けて釣り糸をたらしていました。
「釣れるの?」
「いや。」
アイリスが後ろから声をかけたにもかかわらず驚く様子もないスナフキンは、振り向きもせずに少し背中を丸めた「釣りの姿勢」のままぶっきらぼうに答えました。
「おはよう、アイリス。よく眠れたかい?」
「ええ、おかげさまで。隣りに座ってもいいかしら?」
「ああ。」
「ムーミンママがたぶんここだろうから、コーヒーとジャムパンケーキを持っていきなさいと教えてくださったの。」
そういってアイリスが差し出したバスケットには小さなリンゴもひとつ入っていました。
「このリンゴは?」とスナフキン。
「これは………。これがサー・ヨクサルが伝えてくれたリンゴの実ですわ。最後のひとつです。たぶん…。」
「えっ…」
「私の服のポケットに入っていたんです。夕べ寝たときに思い出して…。」
スナフキンは黙ったままでした。アイリスは続けます。
「ママにリンゴジャムにしてもらおうと思って話したら、これはスナフキンに見せなさいといわれました。そして私の国に起きたことをみんな話してくるようにとも言われました。ママは、もう大体のことを察しているみたいでしたわ。」

☆*:;;;:**:;;;:*☆*:;;;:**:;;;:*☆*:;;;:**:;;;:*☆

ヨクサルがクリスタル王国から旅に出たあとも彼のリンゴの木とフィスクランテ王とその王妃ソーフィンナのおかげで国民たちは静かで平和な日々を過ごしてい ました。そして王女のユイリンケイリス(アイリス)が誕生してからは王室にも国民にもますます幸せで穏やかな毎日が訪れていました。

 ところが来年の収穫祭にはいよいよユイリンケイリスの許婚(いいなずけ)を決めようとしていたとき、海の向こうのゴルギン公国から使者とは名ばかりの軍隊がやってきて、全てのリンゴの木と王女をよこせと迫ってきたのです。
リンゴは、種や苗木があればいくらでも増やせるから差し上げることは出来ますが、王女はこの世にたった一人です。それにゴルギン公国のステッケン公にはすでに5人の王妃がいるのです。フィスクランテ王は話せばわかることと言ってきっぱりとこの話しを断りました。

ところが、ステッケン公は逆上してクリスタル王国を攻めてきました。
平和に暮らしていたクリスタル王国の国民は武器など持ったことがありません。あっという間に国中が火につつまれてリンゴの木は全て燃えてしまいました。
「王女をワシの妃に差し出せば王の命だけは助けてやるぞー!」
しかし、王と王妃は侍従のマローンと共に王女をそっと国外へ逃がしたのです。
ついに宮殿を占領したステッケン公でしたが、肝心の王女の姿が見当たりません。
「くっそー!国外へ逃げたな!追え、追うんだ!!生け捕りにしたものには金貨50モガン、亡骸(なきがら)を見つけたものには銀貨50モガンをやるぞーっ!」

王女と侍従のマローンは、追っ手を逃れようともうどこをどう逃げたかわかりません。昼も夜もずっと走り続けましたが、ステッケン公の軍隊は追いついてきます。
そしてついに大きな川にたどり着きました。が、弓矢がどこからともなく飛んできます。
「さあ、王女さま、これに乗って逃げるのですよ。」古くて小さな舟が一艘、川岸にありました。

ビュン、ビュン!矢は舟に刺さりましたが王女には当たりませんでした。
しかし「うっ!」
「マローン!」
「王女様…私は…だ、大丈夫です。逃げて…ください。生きるのですぞー!!」
マローンは最後の力を振り絞って舟を押しました。舟はゆっくりと動きはじめました。
「マローン、パパ、ママ…さようなら。サー・ヨクサルに会いたかった…。」
もう、ステッケン公の軍隊も追っては来ないでしょう。

☆*゜ ゜゜*☆*゜ ゜゜**☆*:;;;:*☆*:;;;:

アイリスが話をしている間ずっと動かないウキを見つめたままだったスナフキンが、口を開きました。
「これからは、ずっとここで暮らせばいいさ。僕も旅に出るのはやめてここでずっと……」

「スナーフキーン!」
口々にそういいながら走ってきたのはムーミン、ミィ、スニフ、フローレン、スノークでした。
「やあ、どうしたんだい?みんなそろって。」
「やーねー、スナフキンたら忘れちゃったの?今日はヘムレンさんのところへ新しいランの花を見に行くって前から決めていたでしょ?」
「あー、そうだったね。アイリスも行くだろ?」
「ええ、もちろん。」そういってアイリスは小さな最後のリンゴをもう一度そっとポケットにしまいました。

ヘムレンさんの家で、とても良いにおいのするランの花を見た後、アイリスは良いことを思いつきました。
「ヘムレンさん、私、故郷からリンゴをひとつ持ってきたのですけれどもみんなで少しずつ分けて食べた後、このお庭に『芯ごと』種を植えてもいいかしら?」
「あー、いいですとも。きれいなお嬢さんの頼みじゃ断れんからの。それにちょうどこの辺に何か植えたいと思っていたところなんじゃよ。」
「よかった。」

こうしてクリスタル王国最後のヨクサルのリンゴは、ヘムレンさんの庭に根を張ることになりました。

「来年はもっとたくさん食べられますね。」スナフキンも嬉しそうです。

ムーミン谷の夏はこうして平和な毎日の中、過ぎて行きました。


ムーミン谷の短い夏も終わりに近づき、おさびし山の向こうから涼しい風が吹いてくるようになりました。
その風が、テントをバタバタとゆらしたのでスナフキンは目を覚ましました。
「あ…、夢だったのか。よかった…。」
スナフキンは珍しく恐ろしい夢を見ていたのです。それは、川を下る小さな舟に大きな矢が刺さる夢でした。

スナフキンは胸騒ぎを覚えて、テントを出るとムーミン屋敷へ向かいました。

朝早いというのにムーミン屋敷の煙突からはもう煙が上がっていました。ムーミンママとアイリスがすずめよりも早く起きてコーヒーを沸かしているのです。
アイリスは、ムーミン屋敷に寝泊りをして「将来のために」ムーミンママから料理や掃除、洗濯などの家事を習っていたのでした。
「あら、スナフキン。早いのねえ。今ちょうどアイリスがコーヒーを淹れたところよ。飲んでいくでしょう?」と、ムーミンママはにっこりと微笑みました。
「ええ、ママ。そのコーヒーをポットに詰めていただけませんか?アイリスと一緒にいきたいところがあるんですよ。」と、スナフキン。
ムーミンママは二人でどこへ行くのか、なんてそんな野暮なことは聞きません。でもあとで起きてきたムーミンやミィたちにはなんて言おうか?それを考えていました。

スナフキンは黙ったまま、森の方へとどんどん歩いていきます。アイリスも何も言わずに彼についていきました。
そして、あの日アイリスを乗せた船を見つけた場所に来たのでした。でも、そこに舟はありませんでした。
「しまった。やっぱり流されていたか…。もう、海へ出てしまっただろうなぁ…」
アイリスにもその意味がすぐにわかりました。
ステッケン公の軍隊が放った矢が刺さっている舟です。海に出た舟を彼らが見つけたら潮の流れをたどってきっとムーミン谷に来るでしょう。

「すまない。アイリス。もっと早く気がつくべきだったよ。」
「私、どうしたらいいの?」
アイリスは急に不安になりました。
「今日はムーミン屋敷には帰らないほうがいいかもしれない。森の中のクラリッサの家を覚えているだろ?あそこの方が安全だよ。」
「スナフキン、でも…。」
「大丈夫。僕がついている。君をどこへもやるもんか。」

二人はクラリッサの家へ急ぎました。
しかし、そこに待っていたのは…。

ミィとスニフでした。

「ミィ、スニフ…。どうしたんだい?」
ミィはなぜか怒っていてプンっと横を向いています。
「ス、スナフキンが…いけな…い…んだ…」スニフは弱々しい声で言いました。
「僕が?僕が何かしたのかい?」
ミィが口を開きました。
「アンタがアイリスをムーミン谷につれてくるからじゃない!?」
スニフはとうとう泣き出しました。
「だってアイリスがどこにいるか言わないと、ヒドイ目にあわせるって言われたんだよー!」
「まさか…。それで…?」
「スニフが明日のお昼までに見つけて連れてくるって約束しちゃったのよ。」と、ミィ。
「だって、ムーミンたちは殴られちゃったんだよ。ぼく、痛いのヤだもん。」スニフは涙が止まりません。
「ム、ムーミンが殴られたって?!」スナフキンは自分の耳を疑いました。
「アイリスのこと知らないって言ったからさ。パパもママも…」
「な、殴られたのかっ?」
「ううん、突き飛ばされた。ムーミンをかばって…。」スニフの声は震えていました。
「わかったでしょ?スナフキン。」と、ミィ。
「…アイリスを渡すわけにはいかない…。」
「なーに言ってるのよ、スナフキン。ムーミンはね、最近スナフキンが遊んでくれなくなったって言って寂しがっていたのよ。それはみんなアイリスのせいだっていうのに、ムーミンたらアイリスまでかばってさ。」
ミィの言葉にスナフキンは返す言葉がありません。
そのとき、スナフキンの後ろで震えながらずっと泣いていたアイリスが、頬の涙を両手の甲で拭いながら言いました。
「明日の朝…、明日の朝、ムーミン屋敷にアイリスが帰るとステッケンに伝えてください。そして私が来るまでムーミンたちに暴力を振るわないと約束させるの です。いいわね、ミィ、スニフ。シエナレイ・ヌフモンテ・デュール・ユイリンケイリスの名前において約束したといえば大丈夫だから。」
「わ、わかったわ。」さすがのミィもアイリスの決意におされ気味です。
「シエナレイ・ヌフモンテ・デュール・ユイリンケイリス…だね…」スニフはこういうときにはすごく物覚えがよくなります。
「ちゃんと伝えるからねー」そういい残してミィとスニフは日が暮れかかった道を走り出しました。

「アイリス…、き、君…。」
「いいんです。スナフキン。いつかこういう日が来るような気がしていました。お別れの前にひとつお願いがあるのです。聞いてくれますか?」
「あ、ああ…。」
アイリスのエメラルドグリーンの瞳はスナフキンのチョコレートブラウンの瞳をじっと見つめていました。彼女の瞳にはスナフキンが映っています。

「わたくしと、結婚してくださいませんか?」

夕日が真っ赤に燃えてアイリスの白い顔も亜麻色の長い髪も茜色に染まっていました。

「あぁ…、アイリス…もちろんだとも。」
「スナフキン…。」
アイリスはスナフキンの胸に飛び込むとマフラーに顔を押し付けて声を出さずに泣き出しました。
スナフキンはアイリスを強く抱きしめると、
「アイリス。愛しているよ。君がどこへ行ってしまおうとも。ずっと…。」
そう言うのが精一杯でした。
アイリスはマフラーに顔をつけたままうなづきました。
「二人で、二人だけの結婚式をしよう。」スナフキンはそう言ってアイリスの背中をやさしくなでるのでした。

クラリッサの家の中は、あの夏の日のままでした。
蝋燭に火を灯すと二人はほの暗い光の中でまたお互いをじっと見詰め合うのでした。アイリスが目を閉じるとスナフキンは彼女の頬を両手で包むようにしてその唇にキスをしました。明るい春のお花畑にいるような気持ちになりました。
でもアイリスの目からは真珠のような涙がこぼれ落ちてきます。
「私…もう泣かないわ。こんなに幸せなんですもの。」
スナフキンはその『最後の涙』をやさしく拭ってやると、もう一度確かめるようにアイリスを抱きしめて
「これで、僕たちは結ばれたね…。」
そう言うと蝋燭の火を消しました。


次の日の朝、ムーミン谷のムーミン屋敷の前にはゴルギン公国の騎馬隊がずらりと並んでいました。楯と槍が朝日に鈍く光っています。
その後ろには弓矢を携えた歩兵師団が身じろぎもせずに集合していました。
白馬にまたがったヒゲ面の小男が騎馬隊の前に出ると、兵隊たちはいっせいに『かまえつつ』の姿勢になりました。
「スニーフ!!出て来い!!」
その男、つまりステッケン公のガラガラ声がムーミン谷にこだまします。
「…へ…へ…、ふぁい…」
弱々しい返事をしながらスニフがおずおずと出てきました。
「貴様の言った朝になったようだな!」
「は、はい。ステッケン公様。で、でもお昼が来るまでは朝ですから…。」
「ん、ふっふっ。上手いことを言いよるわい。で、どうなんだ?昼までに来るのか?」
「ですから、そのシエナレイ・ヌフモン…」
「うっ、あ…。その名を言うな。貴様のような身分の低いものが、口に出来る名ではないぞ。」
その時、ステッケン公の背中を緋色のマントの上からポンポンッとたたくものがいました。
「いいか、身分の低いものが気安くポンポンと背中をたたく…うん?」
ステッケン公が後ろを振り向くとそこにはアイリスが一人で立っていました。
長くおろしていた亜麻色の髪をきちんと結い上げ、その顔は少し青白く血の気が薄らいでいたものの、凛とした決意がエメラルド色の瞳に現われていました。

「ステッケン!わらわの前でそのようなみっともない言動は許しませんぞよ。恥を知りなさい!」
「こ、これはこれはシエナレイ・ヌフモンテ・デュール・ユイリンケイリス殿…ご機嫌麗しゅうございます。」
「そちにわらわの名を呼ばれとうないわ!」
「しかし…」
「ステッケン!」
「ははっ!」
「ムーミンたちに陳謝するのです。」
「ち、チンシャ?…」
「謝るのです。」
「あ、あやまる?」
「たわけ者!武器も持たずに平和に暮らしている者たちにステッケン、そちはなにをした?!言うてみい!」
アイリスの凛と張りつめたそれでいて美しい声がムーミン谷にこだましました。それは、いままで見たことがないアイリスのクリスタル王国最後の王女としての姿でした。

「あの…、アイリス…。」
口を開いたのはムーミンでした。
「なあに?ムーミン。」
そうこたえるアイリスは昨日までのやさしいアイリスでした。
「あの、ぼく。ごめんなさい。スナフキンと遊びたくてアイリスなんかいなくなっちゃえって言ったの‥。」
「ムーミン。謝るのは私のほうだわ。私をかばって昨日ステッケンにぶたれたんでしょう?大丈夫だった?痛かったでしょう?」
ムーミンは黙って首を振りました。
そして、ミィも
「アイリス、昨日はちょっと言い過ぎたわ。」
「ううん、ミィの言うとおりよ。私あなたのこと大好きよ。遠くへ行ってもみんなのこと絶対に忘れないからね。…ヘムレンさん、あのリンゴの木。お願いね。」

「皆のもの!引き上げじゃあ!」
そういうと、ステッケン公は馬に乗ったまま信じられないほどの強い力で乱暴にアイリスを抱え上げると自分の前に乗せました。
「んー、ふっふっ。やっと私のものになったなあ。」

ムーミンは、はっと気がつきました。
「ス、スナフキンは?」
アイリスはそれには答えずに髪留めの飾りをはずすと
「ムーミン、これをスナフキンに渡してちょうだい。私が、私のママからもらった形見のダイヤです。頼んだわよ、ムーミン。」
「だ、ダイヤだとぉ?」
ステッケンは目を丸くしました。
が、しかしすかさずアイリスが
「ステッケン!出発しないのですか?私を置いて行ってくれても良いのですよ。」
と、切り返すと
「えぇーい!皆のもの、引き上げじゃ!帰るぞー!!」
「おーっ!」
言うが早いかステッケン公の軍隊は風のようにムーミン谷から去って行きました。


秋の冷たい風が吹くムーミン谷に、スナフキンのハーモニカがどこからか聞こえてきます。それは、今までに聞いたことのない悲しいメロディーでした。

(おわり)



2007年12月ごろ執筆

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しまった

しまった。

これはギャラクターの罠だったんだ。
あのへんな機械から出る光線で撃たれると変身が解けてしまうなんて 思いもよらなかったぜ。

急いで三日月基地へ知らせに行かなくちゃ。
っと、この脚はどうすりゃいいんだ?ったくカッコ悪いったらありゃしないぜ。

いや、その 前にどうやって海中を走るかだな




があわいこさんの今日のお題は『変身/罠/撃』です。


全然疑問が解決していないぞ(汗)

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火の鳥影分身

火の鳥影分身だとぅ?

ちょ、俺は先週大怪我したんだぜ・・とはいえ、復活してきたアイツらを片付けるにはそれしかねぇだろうな。
やってやるか?

だが、このメカは海に落ちたら終わりだ。
うまく島へ着陸しろよと健は言うがそんなにうまくいくかどうか・・

ん?ハンドルを切ったら方向が変えられたぜ(笑)




があわいこさんの今日のお題は『メカ/島/火』です。

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