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フランキーはハリウッドへ行った(ソフトバージョン)

『フランキーはハリウッドへ行った』
                                                                  by があわいこ



「あら、ジョーじゃない。久しぶりね」

一瞬、アパートの部屋を間違えたかと思ったが自分の名前を呼ぶその女性の人懐こい笑顔を見て思い出した。
「やぁ、マリー。どうして君がフランキーの家にいるんだい?」

今朝早くジョーはゴッドフェニックスのノーズコーンにG-2号機を格納すると、自身は普段着に戻り小さくため息をついた。
だが、随分と久しぶりに電車とバスを乗り継いで遠くの街についたころには気分は少し良くなっていた。
バス停がある広場から細い道を少し入ったところにそのアパートはあった。
「よかった。まだここにいるようだな」
1階の玄関横にあるネームプレートを確認して呼び鈴を押すと、まもなく玄関ドアが開いてジョーは廊下の突き当りにある階段を上がり202号室のドアをノックしたのだった。



「どうしてって・・フランキーに留守番してくれって頼まれたのよ。何か彼に用なの?」
ビー玉のようなエメラルド色の大きな瞳で上目遣いにジョーを見上げたマリーの小さな紅い口唇が少しとんがった。
「あぁ。サーキットに置きっぱなしになっているフランキーの車を貸してもらえねぇかと思って来てみたんだ。何時ごろ帰って来ると言ってたかい?」
ジョーはちょっと早口になっていた。

「フランキーはハリウッドへ行ったの。しばらく帰ってこないわ」

マリーの意外な言葉にジョーの頭の中は一瞬真っ白になったがすぐにいつもの皮肉な笑みがその顔に戻った。
「ハリウッドだとぅ?へっ、あいつ映画スターにでもなったのかい?」
「ううん。コマーシャル・・ほら、フェニックス・エンジンオイルの。ジョーも知っているでしょう?」
ショートカットにした亜麻色のくせっ毛を手櫛でかき上げながらマリーは壁のポスターを顎で指した。

そこにはハイレグの際どい水着に身を包んだ(いや、ほとんど包まれていない!)女性が7人ほどフェニックス・エンジンオイル缶をそれぞれ大胆なポーズをとって持っている。

「フランキーは?」
ジョーは一番最初に脳裏に浮かんだことを飲み込んで違うことを言葉にした。
「これは女の子だけのバージョン。この娘(こ)たちの真ん中に『選ばれし名高きレーサー』が加わるわけ」
マリーは『選ばれし名高きレーサー』というところをCMのナレーションのようにわざとらしく強調して言った。

ジョーも少し前にスナックジュンでそのテレビコマーシャルを見たことがある。出てくる男性はフランキーではなく確かテスト走行中にマシンが炎上して全身大やけどを負いながらも一命をとりとめ2年後にはレースに復帰したポール・ヤンセンというレーサーだったはずだ。

『俺はエンジン。こうやって全身をフェニックスのオイルに取り囲まれるといい気分で思いっ切り力を出せるんだぜ』みたいなベタな台詞で大勢の美女に取り囲まれるというCMだった。

これでオイルの売り上げはジャンプアップしたそうだし、ポールも出演料で借金していた治療費のほとんどを支払えたというから両方とも損はないというわけだ。

「ふん、『選ばれし名高きレーサー』ね。偉くなったもんだな、フランキーは。この前のクラッシュ事故から見事に復帰したのがスポンサーの目に留まったというわけだな(うらやましい・・)」
鼻で笑いながらもジョーは小さめのオイル缶を胸の谷間にうずめている子から目が離せなかった。
(かわいい子だ。美しい)

「ねぇ、ジョー。そんなところに突っ立っていないでコーヒー、淹れてくれないかな」
そう言うマリーはすでにキッチンでエスプレッソ用のカップを戸棚から出していた。
「なんだよ、お客に淹れさせるのか」
ジョーがキッチンの入り口に立つとマリーは空のマキネッタをジョーの胸に押し付けてきた。
「いま豆を挽くから、ねっ・・!」
「なんだよマリー。さてはシューシューいうのが怖いんだろ」
ニヤリとしたジョーはすぐにマキネッタを慣れた手つきでガス台の上にセットし始めた。

マリーはキッチンにジョーを残してさっさとリビングへ行くとテーブルにカップをセットして背もたれがちょっとだけ破れたラタン製のソファに座りこんだ。
「いつもはフランキーが淹れてくれていたの!」
「わかった、わかった。なんてことはねぇよ」
チリチリとガスコンロに火をつける音が聞こえた。

マリーはテーブルの上にフランキーが置いて行った車の鍵束を見つけると、ジョーを呼んだ。
「どうした?マリー」
「ほらこれ。ジョーなら鍵だけでもわかるわよね」
ジョーは鍵束を受け取るとダイニングテーブルにちょっと腰をあずけて1つ1つ確かめた。

「あ、これだな」
言うが早いか1つの鍵をシュッと外した。
それを見たマリーは目を細めた。
「よかった」
ジョーはそのカギをピッと投げ上げ、その手で握り直すとズボンのポケットにねじ込んだ。
やがてコーヒーのいい香りが部屋中に満ちて「カラカラ」と抽出が終わった。
「できたぜ、お嬢さん」
「あ~、いい香り!ありがとうね、ジョー」
そういってマリーはエスプレッソを一口飲んだが、すぐに顔を伏せてしまった。

「ん?どうしたんだい」
「ううん。なんでもない。大丈夫よ」そういったマリーの声は涙声だった。
「コーヒー、不味かったかな」
カップをのぞき込むジョーにマリーは首を振った。
「ううん、ジョーのせいじゃないわ。フランキーが・・」
再びカップに口をつけたマリーだったがその手がかすかにふるえている。
「フランキーのやつ、何かしやがったな!?あの野郎!」
ジョーの目つきがきつくなった。
マリーはじっとカップを見つめたままだった。
「違うの。彼ね・・ジョーだから言うけど彼、まだ頭の怪我が完治したわけじゃないのよ」
「なんだって?」
ジョーは一瞬どきりとした。

マリーはぽつりぽつりと話し始めた。
「馬鹿よ。頭の傷のせいでまだ時々発作が起きるの。だからもう一度入院して再手術しましょうと言われたのにのんきに構えて・・わざとよ・・私のいうことはもちろんドクターのアドバイスもきかないで『ハリウッドへ行って女の子たちに囲まれたほうがよっぽど身体にいいぜ』なんて言っちゃってさ」

フランキーらしいといえばらしいな・・ジョーはその言葉をコーヒーと一緒に飲み込んだ。
「そんなに悪いのかい?」
マリーは小さくうなづいた。
「詳しく検査してみないとわからないということだったけれど最悪の場合は命の保証はできないって」
マリーはそこにあったチューリップ柄の紙ナプキンで涙をぬぐった。鼻の頭が赤くなっている。
「ジョーは元気そうでよかったわ」
ナプキンを丸めてエプロンのポケットに入れると作り笑顔をジョーに向けた。
「まぁな。それに俺にはこんなに心配してくれるやつはいねぇし」
そう言いながらジョーの脳裏には仲間の顔が浮かんだ。(心配か・・だから今の俺の身体のことは絶対に知られたくねぇんだ)
それを振り払うように立ち上がったジョーは
「ごちになったな、マリー。元気を出すんだぜ。また来るからよ」と玄関へと向かった。
「ええ、また来てね。ジョー・・あ、そうだ。これもいるんじゃない?」
ジョーを追うように玄関に来たマリーはシューズボックスの上にかけてあったゴーグルを差し出した。
きれいなブルーのレンズがきらりと光った。
「いいのかい?」
「いいのいいの。いないやつが悪いんだからさ」
そう言いながらマリーはうふふと小さく笑った。

「あんまり心配するんじゃねぇよ、フランキーの野郎はきっと元気で帰って来るさ。何事もなかったようにな」
受け取ったゴーグルと交換するようにジョーが出した大きな右手をマリーは握った。
「うん、そうね。ありがとジョー。ジョーも命だけは大切にしてね」
「あぁ、わかったよ。じゃあまたな、マリー」

ポケットに手を突っ込み鍵を確かめるとジョーはフランキーのアパートを後にしてサーキットへと向かったのだった。


(おわり)

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