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「へっ、へっ、へっ…。」
ジョーはTシャツを脱ぎ捨てると乱れた前髪をかきあげて向きなおった。
「オレが科学忍者隊だって?」
「そんなにカッコよく見えますか?お客さん。」
「おい、ジョー。さっきからなにやってんだ?」
ここはひょんなことからバーテンダーのバイトをすることになったバー『SAYURI』の従業員用ロッカー室。
鏡の前でポーズを決めてるジョーの隣りで同じようにTシャツを脱いで『SAYURI』の制服に着替えているケンがあきれたようにつぶやいた。
「今夜も、・・来るだろうな。」
「あ? ボロンボ博士か?」
ボロンボ博士が抱いていたケンへの嫌疑は完全に払拭された。
だが、今度は任務中に言葉を交わしていたジョーへとそれは向けられた。
顔はわからずとも声や話し方の特徴が「誰かに」似ていると思ったのだろう。
日頃から研究熱心で知られているボロンボ博士だ。
こういうことにもその性格はいかんなく発揮されるのだった。
「オレが他のお客さんと話していると、そばに寄ってきて聞き耳を立てているんだぜ。」
「ほうっ?!」
「で、つらつら思うによ。」
「あぁ…(お前、リュウの口癖がうつったな。)」
「ボロンボ博士が『あいつは科学忍者隊の一員だ!』とオレを指差す時に備えて、ちょいと予行演習をしてたってわけさ。」
アンダーソン長官と南部博士がふいに現れたときも肝を冷やしたが、カウンターの中でしゃがんだままなんとかやり過ごせた。
だが、日参するボロンボ博士には、そうもいかない。
ジョーはジョーなりに覚悟を決めたらしい。
そして今夜も博士はやって来た。
もしかしたら、博士は今夜その計画を実行に移すかもしれない。
オーダーがいつもの水割りではなくジントニックだ。
これはシンプルなカクテルだが、シンプルであるが故に店やバーテンダーによって微妙な違いが出る。
バーテンダーに話しかける常套手段として用いられることもあるからだ。
ジョーは、マタンガーに一発必中を命じられた時よりも緊張した。
いつものようにケンの周りには、女性客が集まりその一挙手一投足に熱い視線を投げかけていた。
トレンチ(お盆)の扱いもさまになってきたケンは空いたグラスを高々と積んで、軽やかに店内を行き来している。そのダンスをしているかのような動きは「まるで忍者のようだわ」と歓声をあげる者さえ出る始末だ。
一方、ジョーはいつにも増して目つきも鋭くバースプーンを睨みながらシェイカーを振っていた。そしてさらに無口になっていた。
オーダーが入っても返事もせずに作り始めるので先輩のバーテンダーに注意されてしまったくらいだ。
「オレ、今日は洗い場専門でもいいッスか?」
そう先輩バーテンダーに言おうとした時、空のグラスを持ったボロンボ博士がカウンターに近付いてきた。
さっきあれだけ鏡の前で練習したにもかかわらず、ジョーは凍りついたように身体が動かなくなってイヤな汗をかいていた。
と、その時。
「ねぇ~、ジョー。歌ってよ。」
これまた毎日のようにジョーに話しかけてくる女性客が変わったオーダーをしてきた。
先日の『SAYURI』7周年パーティーの時に余興で言われるがままカラオケで歌ったジョーのことが忘れられないらしい。
「い、いや。今日はパーティーじゃないし…。」
と、渋るジョー。
だが、
「ジョーに歌ってほしい人!!」
と、いきなり仲間…いや店中の人に大きな声で挙手を求める彼女に多くのお客が応えた。
ジョーは腹を決めた。
「忍者隊だ!」と指を差されるより、ミーハーな中年女性の相手のほうがよっぽどましだ。
「お客さん、それでリクエストは?」
「そうね~。フランキー・ロンガーのフォー・ユーがいいなぁ。」
フランキー・ロンガーといえば、一世代前の歌手ではあるが、その低音の魅力で一世を風靡した実力派のボーカリストだ。
ボロンボ博士は内心、こんな若造にフランキー・ロンガーが歌えるものかと思っていた。
すぐにカラオケの用意ができると店内の照明が全部落ちてミラーボウルが回転し始めた。
名曲「フォー・ユー」のイントロがかかるとスポットライトに照らしだされたジョーが浮かび上がった。
女性客から、悲鳴のような歓声が上がる。
そしてジョーが歌い始めると今度はうっとりとその声に聞き惚れた。
歌が終わるとまたさきほどより大きな歓声と拍手の嵐。
その中でボロンボ博士ははっと気がついた。
「そうか!あのバーテンダーの声。どこかで聞いた声だとずっと気になっていたんだが、フランキー・ロンガーに似ていたんだ。なぁ~んだ。そうかそうか。わかってしまえば、どうということもないな。あぁ、すっきりした。また変なことを言ってオーナーさんに迷惑をかけるところだった。よかったよかった。」
ボロンボ博士は、満足してバー『SAYURI』をあとにしたのだった。
(おわり)
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