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無題

初出 2013年12月24日 「灰青色の瞳」 クリスマスフィクとして

執筆中の「ジュゼッペ・アサクラ物語(仮題)」の一部ではあるが、加筆修正の場合があります。
”原型”っていうことで一つよろしく・・(汗)

一期一会

「ニッポンの方ですか?」

ホントワール国に来て初めてそう聞かれた健太郎は顔を上げた。
そこには日本人とは到底思えない灰青色の瞳をした彫りの深い男のかおがあった。

 ここは美しいホントワール国には似合わない場末のバーだ。
もうすぐクリスマスだというのにこのバーがある界隈は物乞いと娼婦が夜の街を支配していた。
表通りを美しく飾るイルミネーションも遠い世界の出来事のように思える。

独りこの国に潜入して長い間諜報活動をしているが分厚い国家の壁はそう簡単には破れなかった。
今日も何も収穫はなく街の喧騒を避けるようにここで安酒を呷っていたのだ。

「君は?」
健太郎の問いに答えずにその男は片方の口角を上げてニヤリ顔を作ると
「私にも同じものを」
そう言ってカウンターの隣りに座った。

「私の名前はジュゼッペといいます。私の育ての親が日本人でした。その父が亡くなってからずいぶんと長い間日本語を話していません。私の日本語はおかしいですか?」
健太郎はなるほどそうかと思いながら軽くうなずいた
「いや、大丈夫ですよ。ジュゼッペさん。申し遅れました。私は鷲尾健太郎というものです。」
健太郎が右手を出すとジュゼッペはその手を固く握った。

薄暗い店内に置かれた小さなろうそくが揺らめき二人の影も揺れていた。

 ちょっと乱暴に置かれたジントニックを一口含むとジュゼッペはフッと小さくため息をついた。
「私には妻ともうすぐ8歳になる息子がいます。いま、私の故郷の島で暮らしているのですが・・」
健太郎はその言葉を聞いて驚いた。まさに自分と同じ境遇ではないか。
本来なら初対面の見ず知らずの人間にプライベートな話などすることはありえないのだが、思わず言葉に出してしまった。

「奇遇ですな。私も故郷くにに妻と一人息子を置いてきました。その息子はじきに8歳です」
「本当ですか?鷲尾さん!」
ジュゼッペの鋭い灰青色の瞳が大きく見開かれた。
だが、その瞳はすぐに憂いを帯び視線は水滴が付いたグラスに注がれた
「私は今、その息子に対して恥ずかしい仕事をしています・・」
消え入りそうな小さな声でそう言うと、ジュゼッペはジントニックに添えられたライムをグラスに絞りいれた。
そして
「自分がどんな仕事をしているのか、子供に本当のことを話せないって・・こんな辛いことはありません」
そう続けたのだった。

 健太郎は少し残っていた自分のジントニックを飲み干すと、薄暗いカウンターの前をじっと見つめながら答えた。
「私は・・私も実は自分が本当はどんな仕事をしているか家族には内緒です。それどころか、私はもう死んだことになっているのです。別れた時、息子はまだ4歳でした。今の仕事が終わっても、もう息子には会えないかも知れません。」
健太郎の視線の先には幼かった息子の顔が浮かんでいた。

ジュゼッペも健太郎と同じようにカウンターの向こうを見つめていた。
そこにはにっこり笑う愛息の顔があった。
「そんな酷いことがあるでしょうか・・?私は息子に養父と同じ名前を付けました。日本人の父のことを尊敬し、誇りに思っていましたから・・」

ジュゼッペは残っていたジントニックを一気に空けると、そのグラスを高く上げて「おかわりだ。こちらにも」とバーテンに注文をした。

「鷲尾さんはいつかきっと必ず息子さんに会えますよ」
そう言ってグラスを元に戻したジュゼッペは一息ついた。
「どうかなぁ」
そう言う健太郎にジュゼッペは
「私は、決心しました」と力強く話し始めた。
「今の仕事は辞めます。すぐには無理かも知れません。難しいことが多いでしょう。でも、息子にはやはり父親である自分のことを誇りに思ってもらいたいですから」

新しいジントニックが二人の前に置かれた。
「同じ歳のあなたの息子さんに」
「同じ歳の君の息子さんに」
そう言って二人は杯を合わせた。

「鷲尾さん、今夜は楽しかったです。久しぶりに日本語を話せたし」
「いや、こちらこそ」
健太郎はジュゼッペの話を聞いて心の片隅でもしかしたらこの男はホントワール国の秘密を知っているかも知れないと感じ始めていた。
それはジュゼッペも同様で、自分が今所属している組織について嗅ぎまわっているスパイの存在を思い出していた。

「鷲尾さんには悪いけど、これからクリスマスプレゼントを買って島へ帰ります。息子が待っているのでね」
「それはうらやましいな。何を買うつもりですか?」
「サンタには『青い車』をお願いしたと言っていましたのでミニカーを買って行きます」
ジュゼッペは父親の顔になっていた。
そして濃い青色をしたツイードのスマートなコートを着ると揃いのコッポラ帽を被って、もう一度健太郎と握手を交わした。
「いつかまた会いましょう。息子たちも一緒にね」
「あぁ、そうだな」

 ジュゼッペが席を離れても健太郎は別れた時の息子の泣き顔を思い出して、そのままカウンターに座り直すとグラスを見つめていた。
そして、ジュゼッペがホントワール国ではフリー(審査なし)となるカードで酒代の支払いをしたのをついに見ることはなかったのだった。


(おわり)

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